学生ビザの関係もあって、10月までは指定のアダルトスクールに通った。グレンデールからダウンタウンに行く途中に位置しており、急勾配の坂にアスファルトを無造作にぬりたくったようなおそろしく幅の広い道を登ったところにあった。このあたりはいかにもアメリカならではの大雑把さを感じてしまう。スクールには同じC大学というシンゴがいた。なんかちゃっかりした感じの奴でタイ人の彼女までいたが、基本的に旅好きでなかなか面白い男ではあった。車でいろいろ連れていってもらったりするうち、何で俺は国際免許をとらなかたんだろうと後悔したりもした。試験が終ってからそいつからバイクを借りてグアテマラに行く計画までたてたが、ビザの関係でアメリカ国外に出れないことを知りくやしかったが結局断念した。
残念なことといえばもうひとつある。やはり同じアダルトスクールにいたちょっぴりかわいい顔をした日本人の女の子のことだった。名前は忘れてしまったが、目がぱっちりしていて前回トロントで逢ったルリにちょっと雰囲気が似た感じだ。英語の上手な優秀なコだったが、たまたま学校の食堂で一緒になりちょっと話ができた。その後スクールも卒業したあとだったと思うが、どこかのショッピングセンターでエスカレーターで上がっているとき階下にたまたまひとりで歩いている彼女を見かけた。だがその時シンゴの奴が一緒だったということもあって声をかけるタイミングを逸してしまった。そして結局はそれっきりとなってしまった。
10月になって俺は、グレンデールを引き払って、シンゴが泊まっているダウンタウンにあるリトル東京ホテルという小さなホテルへ移ることにした。エージェントのおばさんに理由をきかれ、ホストファミリーとうまが合わないとも言えず「部屋が広すぎて勉強に集中できない」と出任せを言ったところ「日本人的ねえ」と嫌みをいわれてしまった。まあ、確かにヤオハンに近いとか狭いホテルの室内のほうが何となく居心地がいいというのは日本人的考えなのかも知れない。だがそれ以上にホテルの女オーナーであるマリーというおばあちゃんの人柄のよさが気に入ってしまったのだ。このおばあちゃん、俺が最初に部屋を見に来た時、頼んでもいないのに町の中をあちこち案内してくれ、帰り際には3回も握手してくれた。その日、空いてる部屋がなかったのにだ。俺はそれが単なる商魂のなせる技だとは決して思わない。宿泊費は何とグレンデールと同じ月$350なのだ。彼女は俺が入居してからもエイジ、エイジとかわいがってくれ、自分の誕生日には管理人室に呼んで、メキシコ人のメイド、シルビアと3人でダンスを踊らされたものだ。メイドのシルビアとも部屋の掃除に来たときなど時々話しをした。旦那が真ん前にあるホテルトウキョウ(こちらは普通の観光ホテル)で働いており、いつも仕事がひけるのを楽しみにしていた。夜には屋上のテラスで過ごすのも楽しかった。実は2つとなりのホテルが「地球の歩き方」に載っているとこだそうで南米のチリからはるばるバイクで来たという奴やパキスタンのマリファナはよかったなんていってる奴、あるいはギターの練習ばかりしてるのとかいろんなのがいた。
リトル東京の日本人街ではうつろな表情をした日系人が薄汚れた白壁の共同住宅の玄関先にじーっと座ってたりして、一種独特の雰囲気があった。ある時、ショッピングモールの外にあるベンチに腰かけていると、一人の日系人らしい老婆が突然、もう一人の老婆を見つけて驚いた表情で「まあー、あんたまだ生きてたの!?」なんてやりだした。それから学校の同級生がこの間死んだとか、強制収容所にいたあの人が日本へ帰ったとか、生々しい話を聞かされ、すっかり面食らってしまった。
続く