頭上のお宝 -87ページ目

交通安全の極意 Part 2 おばちゃんドライバー対策編

交通事故を起こさない為の極意。
「直進車に不意の減速を強いることのないよう努力することである」

梅雨の満月期の憂さ晴らしで始めた本シリーズも、はや2回目を迎えることと
相成りましてございまする。
しかしながら、いくら満月期の憂さ晴らしとはいえ、あまりにも天体撮影と
事がかけ離れ過ぎているのに疑問を感じております。
そこで、自らを納得さすために次のように弁証してみました。

・天体撮影はなるべく暗い空で行う。
・暗い空は住居地からはだいぶ離れている。
・離れたところへは車で行かなければならない。
・車での道中はどうか安全運転に徹していただきたい。

で、どうだろう。これで当ブログの趣旨に叶ってはいるだろう。

ところで、みなさんは未必の故意ってご存知だろうか。
私は法律の専門家ではないので詳しくは説明できないのだが、自分なりの
理解としては、「八方に気を配らず一分でも隙がある」という
事だと思っている。要するに、何らかの原因で事故が起きた場合、
その原因が排除可能なものだった時、その原因の所有者、管理者は
未必の故意を問われるそうな。

過去に、大学受験会場で天井の蛍光灯が落下して、下に居た受験生が
怪我をした事故が有った。判例ではこの場合、会場提供者の大学側が
全責任を負う事になった。未必の故意が適用されたのである。
大学側はこういった事を想定せず、会場の設備の点検を怠ったことになる。

ならばである。コンビニ駐車場でブレーキとアクセルを踏み間違うと言う
アホみたいな事故を起こす高齢者ドライバー。彼に責任はないのでは
ないだろうか。そもそも、そのようなアホナ事故を起こす可能性のある者に
簡単に免許証を交付している公安委員会に責任があるのではないだろうか。
以前仕事で弁護士の先生と話す機会があり、雑談中に聞いた事がある。
答えはこうだ。免許証だから未必の故意の適用は難しい。
これがライセンスならどうかな、と。要は日本の道路は原則、原動機付きの
乗り物で走ってはいけないそうな。そこで、公安委員会がその原則から
許し免れる証として交付されたのが我々の運転免許証ということだそうだ。
運転能力の証明書ではない。運転技能がなくてもOK ということだ。
だから、事故が起きても自己責任、ってことらしい。

免許証は昔は届け出れば貰えたらしい。私の父は自動二輪の免許証を、
区役所への届けだけで手に入れている。昭和30年代の話である。
ドライバー人口の増加と共に法整備が進み、一定の技量をテストしてから
交付するという風に変わってきたのである。
いやはや、人の命を何だと思っているのかしら。

「直進車に不意の減速を強いることのないよう努力することである」

完ぺきは無理だが、常にこの事を意識していれば限りなく無事故に近づく。
ベクトルに変化がなければ事故を起こす可能性は0%。
ベクトルに変化があれば、常に事故を起こす可能性がある。
同じベクトルであれば時速300kmで走っていても事故にはならない。
F1マシンのテールトゥノーズがそれだ。そこから少しでも両者のベクトルに
変化があれば事故の可能性がグンと増す。
速度が速い時の変化では、速い対応が要求される。逆に速度が遅い時は
トロイ対応でも事故は防げる。この二つの見極め力がセンスだ。
年寄りが若者の車のスピードを危ないと感じるのは、動体に対する認識力が
低下しているだけで、若者には年寄りには見えなくてもしっかり見えている。
わたしはもう、一般道でそんなにスピードは出せなくなっている。なぜなら、
動体に対する認識対応力が低下しているのを知っているから。
後ろから速い車がきたら、私の後ろでつんのめる前に、ウィンカーを出して、
速やかに左に避ける。こちらは法定速度を守っているのだからという事は
正義でも何でもない。運転技量のない者の方便にしか過ぎない。
遅い車は常に速い車の邪魔をしている。
速い車が遅い車の邪魔をする事は物理的に有り得ない。

おばちゃんドライバーの不思議。
スーパーの駐車場から右折して出ようとしているおばちゃんは危険。
見掛視界の良い目玉を持っていても、見てるのは自分が入れる隙間の事しか
見ていないからだ。自分が向うの車線に移る頃、左から来る車がどの辺に
来ているかなんて考えてもいない。これは、能力ではなくセンスの問題だ。
ただ、おばちゃんドライバーの全部が全部センスが無いと言って・・・ます。

私のように星景写真のセンスがなければ下手な写真を量産するだけですむ。
しかし、車は違う。センスがなければ事故を起こす。肉体を傷つける。
事故を起こさずとも、他車や人に多大な迷惑をかける事になる。
始末が悪いのは、音痴が自分の音痴に気がつかないように、
おばちゃんドライバーはまわりの迷惑に気が付いていない事だ。
これでは反省と向上が見込めない。
現代、車は必要な道具です。センスが無くても無事故を目指す事は可能です。
それは、今日までの無事故は奇跡である。他車の都合を最優先で運転する。
それが出来れば無事故も可能です。それが出来なければ
運が無ければ事故に遭い。運が良ければ気づかぬところで
一杯迷惑をかけて生きていく。
こういうのを運を天に任した「運天」といいます。

おばちゃんドライバーの実験材料が身近にいる。それは私の妻だ。
彼女は学生時代最後の春休みに運転免許を取得している。
結婚前に一度、大阪の樟葉から箕面まで彼女の運転で走った事があった。
車は私のシビック ハイデラックス1200。今は当たり前のトランジスタ点火に
改造していた。当時流行りのCDI点火だ。タコはシュミットを後付け。
あぁ、懐かしい。初めて手に入れた車というのもあるが、非常に想い出深い
車であった。当然私が運転するはずだったが、当日彼女の服装が
タンクトップにショートパンツ。私の夢は美人が運転する車の助手席に乗り、
運転中の膝をナゼナゼする事だった。急きょ、彼女に運転さすことにした。
免許取得後運転を許可していなかったのでこの日が初めての運転になる。
どうせ、女の子の運転。事故っても物損で人身になることはないだろうと、
嫌がる彼女を無視して膝をナゼナゼ。満足満足、苦しゅうないぞ。
と、夢を成就させたのも束の間。彼女の運転に異常な気配が。
車線変更時必ずブレーキを踏む。それもカックンブレーキ。
後ろの車はたまったもんじゃない。
ウィンカーは習った通りに出してはいるが、出したまま車線を変更せず
どこまでも直進。まるで二人の明るい未来に向かっているかのようだ。
未来はともかく、彼女は意を決して車線変更。カックン。おぃおぃ。
この日以来、田舎に引っ越してくるまで運転は御法度にした。
「そのうち慣れる」はご免だ。他人ならいざ知らず。交通事故は一度で
取り返しのつかない事になる可能性をはらんでいる。
「そのうち慣れる」は、ぶっ飛ばされても骨折しない十代の時に
モトクロスでやっておいてくれ。エッ!今は高校で免許取らせない?
卒業したら車でも何でも乗って事故しろってか。ザケンじゃねぇ!
てめぇらの大好きなお上が16からOKって言うてるんやぞぅ!
この責任回避システムの権化教育集団が何が○教組じゃ。
教師を24の瞳から権利第一の労働者に格下げしやがって。
てめぇらのせいで車は一流、安全運転五流の国民になっとるやないか。
18になっていきなり自分の幅の4倍も5倍もある物を、それも真ん中やなくて、
端っこに寄って運転しろてか。・・・言葉が過ぎました。つい日ごろの・・。

山口のじぃは決して右翼でも左翼でもありません。多少右っぽいかも。
正義を語る胡散臭い奴が嫌いなだけです。

あれからン十年。名実共におばちゃんになった私のマドンナ。
美しさにも磨きがかかり、迫力さえもうかがえる。どんくささは健在。
私だけがどんどん老けていくのを申し訳なく思っている今日この頃。

田舎での生活では車の運転は必須。さぁ、彼女の運転テスト。
その時の車は、仕事の関係で初めてのホンダ以外の車、日産プリメーラ。
当然オートマ。さぁ発進という時に事件は起きた。
普通、発進時にドライバー以外の者が首を置いていかれることはあるが、
この時、彼女は首を置いて行かれた。アクセルを踏んだのはだ~れ。
人車一体は程遠い。先が思いやられる。

私が彼女の為に選んだ教材は、町で見かけるおばちゃんドライバー。
田舎は特にMD(おばちゃんドライバー)が多いです。
一緒に出かけるときは私が運転しますので、彼女の脳みそに何度もなんども
たたき込みます。MDの欠点、悪いところを。危険極まりないところを。
教材を見せるために、私はわざとMDが判断に迷うぐらいの間合いで
近づいたりします。
MD達はけっこうな至近距離でないと迷ってくれないので怖いです。
前方で右折横断しようとしているMD。こちらとしっかり目が合う。
当然こちらはそのまま直進、と思いきやMDが横断を始める。チェ~ック!
今、見たやん、目が合うたやん。やむなくブレーキ。
左折合流はもっとひどい。こちらがわき見運転なんてしようものなら、
追突必至である。当然こちらが悪者。当ブログではMDが悪者だが、
国家権力の元ではこちらが悪者。前方不注意。こんなMDのために
前方注意して走ってたらアマゾンの「当日お急ぎ便」は無くなる。

このようなMDに共通する動作があります。
曲がり終えてから加速。割り込んでから加速。後続車に減速さす事前提だ。
スローインファーストアウトとまでは言わないがも少し速度保とうよ。
あと高速道路でも似たような行動をよく見ます。
走行車線での速度のまま、空いてるからと後続車の追付き速度も考えず、
追い越し車線に入ってから、よっこらしょと、加速する車。
サンデードライバーに多いよね。

次は、MDに限らない、田舎で多いマナー違反。無意味なウィンカー。
二車線道路、右側走行中、前方赤信号、車一台停車中、右折指示器点滅無し。
信号青に変わると前の車がひょろひょろと前進。若干右に向いた状態で
停止。私は進む事も左へ逃げることも出来ず我慢。やがて前の車が右折開始。
と、同時に右ウィンカー。責任者出てこ~い。

妻の脳みそには叩きこんである。方向転換、合流時および車線変更時の
ウィンカー点滅無しは極悪中の極悪である。速度超過50㎞より悪い。
真実を言ってるかどうかは別にして、カッツン事故の現場でよく聞く言葉は
「ウィンカー出してなかったやないか」「出してた」「遅いわ」である。
そして、点滅のタイミングは後続車(合流後、車線変更後も含む)に避けれる
可能性を残して点滅を始める。
交通法規の定めるところの何秒前とか何メートル手前は事故処理の
書類作成用のことであって、なんの意味も価値もないのである。
あと、方向転換時は絶対ブレーキより先にウィンカーを点滅さす。
ブレーキランプが付いた時はもう減速が始まって、後続車の自由度が減る。
ウィンカーを先に点滅する事によって、後続車には余裕も生まれる。
左折時も早めウィンカーは前方の右折車の利益を生む事になる。

その他、妻にはMD関係の悪事をたらふく詰め込んである。そして、
警察の居ないところでは歩行者&他車の事を一番に考えて運転する事。
警察が居るところでは、他車に迷惑がかかって危険であっても法規を守る。
なので、妻は結構MDにしては流麗な運転が出来ている。

が、そんな彼女がある日、泣きそうな顔で帰ってきた。
手には青切符を持っている。生まれて初めての交通違反。
普段から彼女には、捕まった時の対処法を教えてあった。
自白が必要な違反の場合は泣き続けておけ。何も答えるな。
女である事を最大限利用しろ。人通りのある所ならなお効果あり。
やがて、警告で済む。
しかし、彼女は切符を切られていた。指紋も取られていた。
わたしは「一旦停止か?」「どこで?」と矢継ぎ早に質問。
彼女はひと言「止まったもん!」MDの常套句ではあるが、
ここは妻に味方をしてあげなければならない。
わたしは「ほな、その反則金、払わんとき」ッて言うと、
彼女は「そんなこと出来ない」と、のたまう。
そこで、泣きそうな彼女に善良な市民としての心構えを教える事にした。

1.自分は止まったのに、制服を着た警官二人が止まってないと言った。
2.初めての事で制服警官に囲まれ非常な恐怖を覚えた。
3.指紋と署名を強要されたが頑強に拒否した。
4.裁判とか検察庁とかいろいろ言われて本当に怖くなった。
5.取りあえず署名と指紋といわれたので署名して指紋捺印した。

そこまで状況をまとめて、これからの対応策を伝えた。
青切符は置いといても良いが、絶対お金を入れない事。
警察から数か月で2回ほど電話あるから都度、この5点を話すように。
その2回の電話が終わると次は検察庁からハガキが来るけど出頭しない事。
基本的に国家権力は起訴は通達するが、不起訴には無言である。
よって、数ヵ月後不起訴になるのだが、そのことを善良な市民である妻が
知る事は無い。億が一起訴になった場合はしっかり起訴状が来る。
数か月の間、妻はハラハラ。これは慣れの問題だ。慣れちゃいかんが。

わたしは止まってないのに止まったと言うつもりは毛頭ない。
制限60のところを100で走って、いや60だと言うつもりは毛頭ない。
ただ今回の件で反則金を納めるような泣き寝入りはしたくないのである。

これでセレストロンのズームアイピース1本分が助かった。

Part 2 終わり。



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