赤染衛門 | 文武一道

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主に『映画』『音楽』『芸能』『文化』『経済』『歴史』等、つまり雑学?(あと、『カンフー映画』にはかなりDEEPにハマッてます!)



 NHKの大河ドラマ『光る君へ』で、凰稀かなめさん演じる赤染衛門


 赤染衛門は、中古三十六歌仙の一人に数えられる女流歌人⁉

 家集『赤染衛門集』を残しました‼

 赤染衛門は、藤原道長の嫡妻で黒木華さん演じる源倫子の女房で、藤原道長の栄華を中心に、宇多天皇から堀河天皇まで15代、約200年間の歴史を描いた歴史物語『栄花物語』の正編の作者ともいわれています?



 赤染衛門の歌才は『和泉式部日記』で知られる和泉式部と並び称され、当時の「二女流歌仙」とうたわれました❗

 百人一首にも、赤染衛門の歌が見られます‼

 赤染衛門の生年は定かではありませんが、上村悦子『王朝の秀歌人 赤染衛門』では、天徳元年(957年)頃と推定されます⁉

 仮に、赤染衛門の生年を天徳元年で計算すると、秋山竜次さん演じる藤原実資と同じ年で、康保3年(966年)生まれの藤原道長より9歳年上?



 主人公の吉高由里子さん演じる紫式部の生年も諸説ありますが、仮に天延元年(973年)説で計算すると、赤染衛門は紫式部より16歳年上ということに❗

 また、赤染衛門の父は、赤染時用だったとされます⁉

 赤染時用は、衛門府に仕えた中下級官人!!

 でっ♪、赤染衛門の名は、赤染時用に由来?



 しかし、赤染時用は赤染衛門の実の父親ではなく、本当の父親は平兼盛だといわれています❗

 平兼盛も三十六歌仙の一人に数えられた著名な歌人!!

 平兼盛の歌も『百人一首』に収められているので、ご存じの方も多いでしょう⁉

 平安後期の歌論書『袋草子』には、赤染衛門の曾孫・大江匡房が著した「江記」から引用する形で、赤染衛門の母は、この平兼盛から離別された後に、赤染衛門を産んだとか?



 平兼盛は、赤染衛門を引き取りたいと訴訟を起こしたそうですが、赤染衛門の母は時の検非違使・赤染時用と密通して、赤染衛門を赤染時用の子と主張❗

 結局のところ、平兼盛の訴えは叶わなかったという話が記されています⁉

 真偽は定かでありませんが、当時、「赤染衛門の実父は平兼盛」と信じる人々は多かったとされ、赤染衛門自身も実父は平兼盛だと知っていたともいわれています?

 やがて、赤染衛門は益岡徹さんが演じた源雅信と、その妻である石野真子さんが演じる藤原穆子が暮らす邸に出仕し、源倫子に仕え女房となりました‼



 源倫子は康保元年(964年)生まれなので、赤染衛門の生年を天徳元年で計算すると、赤染衛門のほうが7歳年上❗

 源倫子が永延元年(987年)に藤原道長と結婚したのちも、源倫子や、源倫子と藤原道長の子で、塩野瑛久さん演じる一条天皇の中宮である、見上愛さんが演じる中宮彰子に仕えています‼

 赤染衛門は、同じく中宮彰子に仕えた紫式部や、ファーストサマーウイカが演じた清少納言、泉里香さん演じる和泉式部らとも交流があったみたいです⁉

 紫式部は『紫式部日記』のなかで、和泉式部は「それほど和歌に精通していない」、清少納言は「得意顔もはなはだしい」などと辛口な批評をしていますが?



 紫式部は…赤染衛門にしては、「その歌は格別に優れているというほどではないですが、実に風格があり、世に知られている彼女の歌は、ちょっとした時に詠んだ歌でも、こちらが恥ずかしくなるほど、立派な詠みぶりです」と、和泉式部や清少納言に比べると、比較的高評価⁉

 赤染衛門は、出仕している間に大江為基との恋愛を経て、大江為基の従兄弟である大江匡衡と、天延3年(975年)から2~3年の間に結婚したみたいです?

 大江匡衡は漢詩文に秀でた学者で、文章博士や東宮学士、一条天皇の侍読など務め、当代随一の碩儒とうたわれ、漢詩のみならず和歌の才にも恵まれ、妻・赤染衛門とともに中古三十六歌仙に数えられています❗

 そして、赤染衛門と大江匡衡は、娘の江侍従や、息子の挙周など、わかっているだけでも、一男二女の子に恵まれています‼



 赤染衛門は、受領となった大江匡衡が長保3年(1001年)と寛弘6年(1009年)に尾張守に任じられたときも、翌寛弘7年(1010年)に希望して都に近い丹波守に代わったときも、都での生活を捨てて、大江匡衡に同行するぐらい夫婦仲は良好だったようです⁉

 しかし、大江匡衡は長和元年(1012年)に、61歳でこの世を去ります❗

 赤染衛門は夫の死を嘆き悲しみ、やがて出家‼

 赤染衛門の没年は不明ですが、夫の死後も暫くは、強く生き抜いていたみたいです…?