第二次上田合戦 | 文武一道

文武一道

主に『映画』『音楽』『芸能』『文化』『経済』『歴史』等、つまり雑学?(あと、『カンフー映画』にはかなりDEEPにハマッてます!)

 NHKの大河ドラマ『どうする家康』第42回「天下分け目」で、徳川家康(松本潤)の子・徳川秀忠(森崎ウイン)の初陣“第二次上田合戦”が描かれました❗

 “小山評定”が開かれ、西国大名の多くが石田三成(中村七之助)につく中、徳川家康は天下分け目の戦に臨むため、西へ戻ると宣言‼️

 徳川家康は、徳川秀忠に真田昌幸(佐藤浩市)の攻略を任せました⁉️

 父から任せられた役目を果たそうと本多正信(松山ケンイチ)、榊原康政(杉野遥亮)らを率いて張り切る徳川秀忠❗

 しかし、戦の経験不足に加え、相手は「表裏比興の者」と評される真田昌幸‼️

 徳川秀忠は、真田信幸(吉村界人)の嘘の降伏宣言に翻弄され結局、徳川秀忠は“関ケ原の戦い”に遅参⁉️

 徳川秀忠が天下分け目の決戦“関ケ原の戦い”に遅参したのは有名な話❗

 X(旧ツイッター)上の視聴者からは「秀忠の関ヶ原の遅刻は、秀忠が無能だったのでなく、 真田が本田正信&榊原康政をも凌駕する曲者だったのがいい」「秀忠さま遅刻エピ、今回の描き方好き」「秀忠さま今年も関ヶ原遅刻確定」「秀忠初陣の相手が真田昌幸ってwww 相手が悪すぎるわ」など描き方やお馴染みの展開に盛り上がる声が?

 また、徳川秀忠のキャラクターに対して「頼りなさもあるけど憎めないこの感じ。若き日の家康公のようではないですか」「秀忠くんは初期の家康に似てる」「秀忠のめちゃくちゃ素直で感情が表に出てあたふたしてあわわ〜ってしてるとこ、初期の家康そっくりでかわいい」などの反応も上がっていました‼️

 石田三成からの密書によって、徳川家康討伐の挙兵知った真田昌幸❗

 真田昌幸・真田信幸・真田幸村(日向亘)の三者は、大庵寺近く犬伏新町の薬師堂で協議‼️

 しかし、協議は難航?

 考え抜いた真田昌幸は、真田家が東軍(徳川家康軍)と西軍(石田三成軍)に別れて戦うことで、どちらが勝っても真田家が生き残れる方法を提案❗

 長男の真田信幸は、徳川家康の重臣・本多忠勝(山田裕貴)の娘・小松姫(鳴海唯)を正室として迎えていたため東軍(徳川家康軍)に‼️

 次男の真田幸村は石田三成と共に挙兵した大谷義嗣の娘・竹林院を正室に迎え入れていたので西軍(石田三成軍)に別れました(犬伏の別れ)⁉️

 また、真田昌幸は豊臣への恩恵が強いということで西軍(石田三成軍)につくというものでした❗

真田昌幸と真田幸村は信濃・上田へ引き返し、その道中で真田信幸が城主である上野・沼田城に立ち寄りました‼️

沼田城の乗っ取りを目論んでいた真田昌幸でしたが、留守を任されていた稲は「この城の主はわが夫・真田信幸と存じます。ここから先は一歩も通しませぬ!」と真田昌幸の入城を拒否し、臨戦態勢を⁉️

そんな稲に対し、真田昌幸は「さすが本多忠勝の娘じゃ。この城を乗っ取るのはやめじゃ」と感心した様子で計画を中止?

稲は「孫たちの顔を見せて欲しい」という真田昌幸の要望を受け入れ、子供たちと対面させてあげますが、真田昌幸が下馬しようとすると「下りてはなりませぬ」と注意❗

名残惜しそうに立ち去る真田昌幸の姿を見送り、「戦が終わりましたら、会いにいらしてくださいませ」とつぶやくのでした‼️

本多忠真(波岡一喜)や父・本多忠勝のように目の前の敵に対して「一歩も通しませぬ!」と立ちふさがった稲⁉️

X(旧ツイッター)上の視聴者からは「叔父上の精神が稲にまで受け継がれてるの胸熱」「本多家のDNA!!」「叔父上から平八郎、そして稲ちゃん 本多の魂ここにあり!!!」「稲ちゃん、瞬きから立ち振る舞いまで本多忠勝過ぎた」「あのポンコツおてんば稲ちゃんが城主代理として身内すら決して許さぬ強い目線と言葉で真田を退けるのは感動」「まさか沼田城での真田昌幸と稲姫のやり取りをやってくれるとは! 」などの反応が上がっていました。

1600年8月25日、福島正則が美濃・岐阜城を制圧❗

本多忠勝と井伊直政は決戦が早まることを懸念していましたが、徳川家康は西へと出陣‼️

徳川家康は、徳川秀忠には真田に構わず、9月9日までに美濃・赤坂へ来るよう命じました?

しかし、真田昌幸は上田城に籠もったまま⁉️

本多正信は「いかにも、真田親子らしいやり方よ」と❗

榊原康政は「敵味方に分かれて、どちらかが生き残る目論見でしょう」‼️

第二次上田合戦”は、真田幸村が奮闘❗

真田昌幸は「わしの役目も十分に果たした。あとは、家康と三成、どちらの才が上回るかだ。どちらに転んだとしても、真田は生き残る」「乱世を泳ぐは、愉快なものよ」⁉️

碁石が並ぶ地図上に、一際輝く“六文銭”――‼️

 1600年9月8日、伝令役・大久保忠益(吉家章人)は利根川を渡る際に船頭たちに書状を奪われ、到着が遅れたと⁉️

9月9日までに赤坂には間に合わない?

本多正信は「真田の忍びの仕業じゃな」❗

榊原康政「真田の狙いは、我らをここに足止めすること」‼️

徳川秀忠は、真田の罠“蜘蛛の巣”に…。