NHKの連続テレビ小説『風、薫る』の主人公で、嫁に行った一ノ瀬りん(見上愛)が、驚きの事態に巻き込まれました❗️
一ノ瀬りん(奥田りん)が出産した女の子・環はすくすく大きくなり、言葉も喋れるように⁉️
しかし、夫の奥田亀吉(三浦貴大)は相変わらず酒をあおり、モラハラを繰り返していました‼️
ある日、酒を飲んで遅く帰ってきた奥田亀吉は、一ノ瀬りんが実母の一ノ瀬美津(水野美紀)に書いていた手紙をが読めずに不機嫌に?

奥田亀吉は「どうせ俺の悪口でも言ってたんだろ」などと絡みだし、一ノ瀬りんに対し「早いところ、もっといいところへ嫁いどけば良かったとおもってんだべ?」と嫌みを❗️
黙り込む一ノ瀬りんに「ウソでも違うっていえねえんか!」と怒鳴りだし、環は信州の牧場に嫁にやるなどと言い出します⁉️
そして酔っぱらって寝ている環にまで絡もうとしたことから、一ノ瀬りんはほうきで応戦‼️
フラフラと立ち上がった奥田亀吉は、水の入った茶碗を投げつけ、あんどんにぶつかり、そこから家が火事に?

奥田亀吉の母が驚いてやってくるも、奥田亀吉だけを助けて逃げてしまい、一ノ瀬りんは環を抱いて、そのまま一ノ瀬の実家に逃げ込みました❗️
ヒロインの夫が酒に溺れ、モラハラ、DVを繰り広げ、ネットも「とんだモラハラ&マザコン夫やな」「18も年上なのにモラハラで酒飲みでマザコンはあかん。火事のときに妻子を守らないなんて最低」「モラハラ夫とアル中と火事…朝から色々ヘビー過ぎる」「亀吉が火事で逃げ出す時の『おっかぁ~』しか言わないところがマザコンクズ旦那らしくて良かった(笑)」「酒乱マザコンDV夫だった!」など、火事同様、炎上していました⁉️
でっ♪、ドラマで一ノ瀬りんのモデルは、大関和‼️
ドラマの公式サイトによると、一ノ瀬りんは、栃木県那須地域の山すその町で、元家老の家の長女?
一ノ瀬りんが物心ついた頃には一家は帰農❗️
育ちは良いが視野が狭くなりがち⁉️
いざという時に潔く思い切った行動力があるといったキャラクター‼️
一ノ瀬りんのモデル…大関和という女性は、安政5年(1858年)に、栃木県の那須郡黒羽村に生まれました?
1868年に、明治維新により明治政府が樹立し、大関和の父は黒羽藩の国家老を辞職し、農業を試みるもうまくいかず、一家で東京に引っ越してきたそうです❗️
大関和は明治9年(1876年)に、19歳で黒羽藩の次席家老の次男と結婚⁉️
大関和は一男一女をもうけたものの、夫の女性関係問題で離婚‼️
離婚後、牧師・植村正久の弟が経営する正美英学塾に通学?

大関和が優れた資質を持つことに気が付いた植村正久は、教育訓練を受けて「正規の看護婦」となることを大関和に勧めます❗️
大関和は、武士階級の出身だったために最初はこの申し出に躊躇⁉️
でも、大関和は28歳で開設されたばかりの「桜井女学校付属看護婦養成所」に1期生として入学‼️
大関和はナイチンゲール方式による教育のもと、「看病の要旨」「薬餌用法」「包帯術」「消毒法」など9項目を学びます?

大関和は明治21年(1888年)に養成所を卒業❗️
大関和は卒業後、帝国大学医科大学附属第一病院に実習生として派遣⁉️
明治29年(1896年)には「東京看護婦会」の教師を務めたり、日本キリスト教婦人矯風会の理事を務めるなど、大関和は多くの重要な役職も歴任‼️
明治42年(1909年)には神田猿楽町に大関看護婦会を開設?
大関和は「日本のナイチンゲール」と呼ばれるにふさわしい、近代医学の先駆者に❗️
大関和は昭和7年(1932年)、脳溢血で闘病中だったところ状態が悪化し、73歳でこの世を去ります⁉️
ちなみに、大関和は離婚後に幕府の中国語通訳の鄭家の屋敷で、女中として働いていたことがあるそうで、そこでお世話をしていたアメリカ・イェール大学留学経験を持つ息子が淹れてくれるコーヒーや、作ってくれるおやつが大好物だったみたいです‼️
そのおやつとは、「パン・ペルデュ」(フレンチトースト)?























