
NHKの連続テレビ小説『風、薫る』第7話❗️
主人公・りん(見上愛)の結婚生活に心配の声が⁉️
りんは、運送業を営む18歳年上の奥田亀吉(三浦貴大)の後妻として奥田家に嫁ぎました‼️
豪華な祝言が行われたものの、奥田亀吉は泥酔し、紋付袴姿のまま畳に大の字で寝転び、祝言などやりたくなかったと不満を口に?
さらに、一ノ瀬家の元家臣・中村義正(小林隆)をバカにするような発言をし、フォローしようとするりんの言葉に耳も貸しませんでした❗️
奥田亀吉と義母と良い関係を築こうと懸命に振る舞うりん⁉️
しかし、奥田亀吉は学のあるりんのことが気に入らない様子で、距離は縮まりません‼️
ある日、大酒飲みで酒癖の悪い奥田亀吉を心配したりんが、酒を少し控えてほしいと頼むも、奥田亀吉は聞き入れず、不機嫌な態度を?
やがて、りんは娘を出産❗️
奥田亀吉は「はぁ…女け…」と落胆⁉️
興味なさげに名前は好きなようにすればいいと言い残し、その場を去ってしまいます‼️
残されたりんは、生まれたばかりの娘を抱き、「おはよう。母上ですよ。父上は…父上は…。父上…。父上…。さみしい…」とつぶやき、涙をこぼしました?
奥田亀吉の酒癖の悪さや魚の食べ方、りんへの態度、さらには娘の誕生を喜ばない姿に、視聴者からは「大変な相手に嫁いだなぁ…」「結婚生活が不穏すぎる」「離婚フラグ?」「魚の食べ方でりんとの育ちの差が明らかだった」「亀吉は字も読めないのか…」「亀吉さんたった1話ですごいインパクト残した」「この夫婦どうなるんだろう…」「寂しそうなりんちゃんにもらい泣きしちゃう」と心配の声が続々❗️
X(旧Twitter)では「三浦貴大」「魚の食べ方」がトレンド入り⁉️
この奥田亀吉のモデルとなったのは、黒羽藩出身の渡辺福之進豊綱という人物‼️
渡辺福之進豊綱は幕末の黒羽藩の次席家老の家に誕生?
渡辺福之進豊綱は軍事面で頭角を表し、幕末の動乱でも手柄を挙げました❗️
明治になると、将校である陸軍少尉にまで任官⁉️
近代日本の発展を軍人として支えていきました‼️
渡辺福之進豊綱は40歳のとき、まだ19歳であった大関和と結婚?

大関和はヒロイン・りんのモデル❗️
天保9年(1838年)、渡辺福之進豊綱は下野国黒羽藩の次席家老の次男として生まれました⁉️
福之進が通称で、豊綱が諱となります‼️
黒羽藩は、大名とは言えど1万8000石ほどの領地しかなく、藩の暮らし向きは豊かではありませんでした?

黒羽藩において、次席家老である渡辺家は家禄200石を領有❗️
しかし、渡辺福之進豊綱は次男のため、家督相続ができませんでした⁉️
そのため、渡辺福之進豊綱は特に軍事の専門家としての能力を磨いていきます‼️
渡辺福之進豊綱は家柄や指揮能力を買われたのか、物頭として抜擢?
渡辺福之進豊綱は砲術教地方も拝命❗️
藩士たちに砲術を教授し、藩の軍事能力を高める道に邁進⁉️
慶応3年(1867年)、明治維新‼️
慶応4年(1868年)には鳥羽・伏見で新政府軍と旧幕府軍が衝突し、新政府軍が勝利を収めます?
慶応4年(1868年)、黒羽藩では藩主・大関増裕が死去❗️
藩主死後、黒羽藩は明治新政府軍に恭順を表明し、渡辺福之進豊綱は黒羽藩兵の二番隊隊長として、新政府側の一員となって参戦⁉️
明治政府は、国防のために国民皆兵路線を断行‼️
武士たちの多くは、軍人や警察、あるいは他の職業を選択?
渡辺福之進豊綱は能力や経験を活かして、陸軍省に出仕❗️
陸軍少尉補、陸軍少尉となって要地である東京鎮台や熊本鎮台、広島鎮台で働きました⁉️
武士であった男が、新時代の陸軍軍人へと転身するのは、ある意味明治のサクセスストーリー‼️
でも、渡辺福之進豊綱には、新たな出会いが?

明治9年(1876年)、渡辺福之進豊綱は大関和と結婚❗️
大関和は黒羽藩の旧士族で元筆頭家老・大関弾右衛門の次女⁉️
家柄でいえば釣り合いが取れていますが、年齢は20歳ほど離れていたといいます‼️
さらにまずいことに、すでに渡辺福之進豊綱には5人の妾がいました?

しかも、渡辺福之進豊綱には既に子供も5人いたと伝わっています❗️
明治13年(1880年)には、大関和との間に第二子・心が誕生⁉️
しかし、程なくして大関和は子供を連れて渡辺福之進豊綱と離婚して家を出ていきました‼️
でっ♪、大正14年(1925年)、渡辺福之進豊綱はこの世を去ります?
享年88歳…😅。
























