【第2弾開催決定】書いて英語力Brush Up!その2 受付開始します! | CEL英語ソリューションズのブログ

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【ご好評に応えて第2弾開催決定!】---------------------------
Zoom特別セミナー
書いて英語力Brush Up! その2
~プロライター江口裕之のテクニックを盗め!!~
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★注目★

今回から、Zoom閲覧のみ(添削無し)のギャラリー受講を新設!

 

なお、「江口の書いて英語力Brush-up!」の様子を知りたい方は...⇒⇒⇒デモ動画(Youtube)をチェック!

【日時】
(1)5/15(金) 10:30-12:30 (最後30分程度はQ&Aセッション)
(2)5/22(金) 10:30-12:30(最後30分程度はQ&Aセッション)

*添削課題は両日異なりますので、両日参加も可能です。

【講師】江口裕之(CEL最高教育責任者)

【内容】
□課題の英訳を事前に提出して、授業に臨む(提出締切日は授業前々日まで)
□授業では添削参加者全員の英文を、江口がZoom上で公開添削する

⇒課題の提出および公開添削は「Zoom添削参加者のみ」
□江口のテクニックを学ぼう!
→表現の自然不自然をネット検索で調べる
→日本語表現に無理がある場合の解釈の仕方
→日本語情報に問題がある場合の処理の仕方
→江口の翻訳実演
→質疑応答

【受講スタイルと料金】
(1)Zoom添削参加 ←おススメ!
□料金:10,000円
□定員5名(先着順)
★特典★
・提出された課題について、講師によるリアルタイム添削を受けることができる。
⇒課題提出日は授業前々日まで

・講師のリアルタイム翻訳を見ることができる。
・Zoom添削参加者全員の添削済み英文を受け取ることができる。
・講師のリアルタイム翻訳の最終版を受け取ることができる。
講義の途中でも随時、質疑応答に参加できる。

(2)Zoomギャラリー参加(添削無し)
□料金:4,000円
□定員:無し
★特典★
・講師のリアルタイム添削および翻訳を両方見ることができる。
・Zoom添削参加者全員の添削済み英文を受け取ることができる。
・講師のリアルタイム翻訳の最終版を受け取ることができる。
講義終了後のエクストラ質疑応答セッションに参加できる。

 

 <申込方法>
書いて英語力Brush Up! 受講希望」のタイトルで
#ご氏名 #ご連絡先 #ご希望の回(両方 or 5/15版 or 5/22版)

#ご希望の受講スタイル(添削参加 or ギャラリー参加)
を明記の上、info@cel-eigo.com宛にメールを送信してください。
折り返し、当校より<予約確認メール>を送信いたします。

 

■今回の課題■

<5/15用>

学校教育で日本史を扱う場合、日本の文化や思想について、人名や作品名など非常に細かいことまで教えることが求められる。

もちろん、そうしたことも大切である。

しかし、歴史は500年、1000年単位でみることも大切である。

顕微鏡で見ることも必要だが、望遠鏡でみると初めて見えてくる世界もある。

日本文化の特徴を一言で言うならば、基底部に日本独特の思想をもち、その上に仏教、儒教、西洋文化といったさまざまな外来思想が取り入れられ、重層性を形成しているという点である。

古代の日本人の生き方は、「祓い(はらい)」や「禊(みそぎ)」や「清明心」という言葉で象徴される。

悪いことをしても禊をおこなえば洗い清められ、穢れは祓いによって取り除かれる。

汚い生き方を潔しとせず、嘘いつわりのない生き方をよしとした。

八百万の神信仰とともに、これらの伝統的な考え方は、日本人の行動の規範として現代にも脈々と受け継がれている。

 

<5/22用>

江戸時代には儒学が大きな影響をもつようになった。

儒学の特徴は、子の父に対する服従をあらゆる人倫の基礎に置き、君臣、夫婦、長幼において、上下尊卑の別を説く。

士農工商の身分制度を導入した江戸幕府にとって、平等を説く仏教より儒学の教えのほうが都合がよかったことは言うまでもない。

一方、こうした外来思想に異を唱えたのが国学である。本居宣長は儒教の作為的で小賢しい生き方を「漢意(からごころ)」と批判し、自然のままに生きる真心の重要性を説いた。

国学とは日本版ルネサンスと考えると分かりやすい。

ルネサンスは古代ギリシャ文化を「生」、中世キリスト教文化を「死」、そして、ギリシャ文化の生き生きした精神を「再生」させたものと表現されることがある。

日本の国学をこれになぞらえれば、古代人の生き方を「生」とし、仏教や儒教は古の道を歪曲したものとしてこれを排除し、古代人の生き方を復活させようとしたものと考えられる。


以上です。