明日、関ジャニ∞の新曲「ここに」が発売になります。
Amazonで、フラゲのはずでしたが、台風21号の影響か、荷物が届きませんでした。
6人になっての初のシングルです。これからも関ジャニ∞が息長く活動してくれる事を祈ります。
8月31日金曜日のミュージックステーションの関ジャニ∞のパフォーマンスがとても良かったのですが、録画し忘れました。残念。
で、関ジャニ∞も新たな未来に向かって一歩を踏み出した・・・にこじつけて、
湊かなえ「未来」
読みました。たまたま、直木賞候補作で読んだのであって、関ジャニ∞の新曲云々は完全なこじつけです。
湊かなえさんの作品は、2,3読んだことがあります。有名な「告白」は読んでいません。
湊さん、手慣れた感じでサクサク読めますが、どうして人気があるのか私には謎でした。面白いけれど、結末が見えるし、パターンも読めるし。
さて、「イヤミス」って言葉を今回「未来」を読んで知りました。
後味が悪いミステリーの略なんですね。
「未来」は悲惨な出来事のオンパレードで、10代から20代前半の若者たちが、心ないオトナに傷つけられて恨み辛みをためていく、というお話でした。
でも、悲惨さが胸に迫ってこない、悲惨で描写も迫力があるんだが、登場人物たちに心が共鳴しない・・・実は、ここが湊かなえの魅力かな?と気がつきました。
登場人物たちは、すべて周囲の心ない大人やいじめっ子たちに傷つけられて過酷な体験をこれでもか、とばかりに経験させられていきます。
でも、自業自得ではない。悪いのは、自分じゃなくて、自分以外の誰か。
主人公は「完全なる被害者」なんです。
人間誰しも、黒い部分、グロい部分、醜い部分を持っています。思春期や青年期は人生の良い部分より、黒い部分に目が行きがちです。
湊かなえを始めとする「イヤミス」みたいな文芸は、誰しもが持っている「イヤな部分」をライトに読ませる事で「発散」させる効能があるんだろうなあ。
「かわいそうなアタシ、かわいそうなアタシ。アタシにも悪いところはあるけれど、デモ、根本的にはアイツが悪いから、アタシは本当の罪人ではない」
小説で読者の代わりに自己弁護してくれるのが「イヤミス」か。人間の本質に迫り切らないことで逆に読み手の救いになるのかもしれない、と気がついた次第です。
小説は本来はエンターテインメントなのだから、サクッと読んでちょっと「ズキッ」ぐらいがちょうどいいのかもしれない。
私の知る範囲での「イヤミス」の最高傑作ではないかと思うのは
坂口安吾の「桜の花の満開の下」です。
ですが・・・「桜の花の満開の下」みたいな作品が世にゴロゴロあったら、さぞ、世界は重苦しくなることでしょう。(私は「桜の花の満開の下」を読んだ後、2時間ぐらい頭がガンガンしました)
だから、湊かなえさんぐらいの「重く見えて実はライト〈軽い)」が、実はちょうどいいのかもしれません。