思いつくまま書いています
日常と破壊について書きながら
大きな暴力、事件などに触れてきましたが
一人一人の日常でも
破壊や危機が日常になっている人
日常の脅威が身近な人も
どちらの場合でも
そこに脅威があることが当たり前で
その脅威に対処する神経が研ぎすまされ
それに合せて暮らしていると
その脅威がなくなったときに
大きな不安に襲われます
脅威が無い暮らし方を忘れてしまった
脅威が無い生活をしたことが無い、、、どうしたらいいのかわからない
脅威のない状態、、、
いつまで続くの
この平穏は一瞬だけ
今だけのこと
一時間後にはどうなるの
明日は大丈夫なの
次の脅威がいつ襲ってきてもいいように
気を張っていよう
安心して気を緩めたところで
脅威が襲ってきたら大変なことになる
気を緩めちゃいけない
また、脅威に一定のパターンがあった場合
たとえ脅威からの自由であったとしても
今までのパターンが乱れることで
予測のつかない成り行きに
心も身体も大きな混乱と恐怖を感じます
現実の状況に関わらず
不安、恐怖、混乱が
心にも身体にも住み着いているならば
ゆっくりと
安心感が染み渡るよう
ゆっくりと緊張が無くても大丈夫だと確信できるよう
私たちには何ができるでしょう
脅威は遠くに去ったのだと
もう大丈夫
安心していいと
心から
身体の隅々まで感じることができるよう
私たちは何ができるでしょう






