私が子どもだったとき
世界で辛い目に遭っている人たちの映像は
今ほど鮮明ではなく
今ほどタイムリーに送られてくるものではありませんでした
現在では
鮮やかな映像
はっきりした音声で
緊迫感がリアルタイムに伝わってきます
災害、戦災、事故、、、
悲惨な場面
緊迫した場面
テレビのニュースだけでなく
ネットを通じて次々呼び出すことのできる映像たち
あまりに身近に飛んでくる
あまりの頻度で飛んでくる
そんな映像の連続に
かえって現場との距離を意識し
自分の日常を守ろうという思いが自然に動くことがあります
自分に何ができるのだろうと
思うことさえ面倒くさくなる
遠くの人のことは自分には影響ない
そう思うのは自然なことです
そう思うことで自分の心が責められるなら
私がお伝えしたいのは、、、
すべては身近な人たちを大切にすることから始まるのではないでしょうか、、
ということ
そして私たちにとって一番身近な人
どんなに距離を置こうと思っていつもついてくる大切な人
それは
私たち自身ではないでしょうか
記事の更新が滞る前には
難民について考えることを書いていました
難民についての前回の記事
今日は、そこから続けたいと思います
先回の記事を書いたときに思っていたのは
今は「難民生活」という状況にあり
「難民」と呼ばれ
そう認定されることで動いていくものがあっても
それがその人たちのすべてではないことでした
安全を求めて故郷を離れる前には
普通の暮らしがあり
ここなら何とか安全にやっていけそうだという地に着いたら
普通の暮らしを始めるための歩みが始まります
そして難民としての旅やキャンプの中でも
食事やトイレや睡眠や
子供をあやし
スマホで家族と連絡しあい、、、
少し余裕のある時には
鬼ごっこやサッカーや
そんな「暮らし」の部分に
私の思いは寄せられていたのです
暮らしの一コマ一コマに
生命が見えるような気がして、、、
「生きている」が私の心に触れるというか、、、
なんて言うと
何だかなあ、、、ですが
ほかに言葉ば見つかりません
何だか熱く温かいものが感じられて
心の何かが疼くのです
みなさん、おはようございます
とても久しぶりになってしまいした
9月から、あちこちに首を突っ込んで
週末や夜も忙しくなっていました
首を突っ込んでいたのは
自分の専門と重なるけれどちょっとずれている関連分野
しかも学術的なことをされている方々たちとのお仕事でした
その直後には
以前から申し込んでいた週末研修の第一弾
様々な環境でセラピストとして働いている方
経歴もいろいろな方たちとお会いしました
日ごろは自分の周りで起きることに目も心も奪われ
仲間内では当たり前の言葉遣い、思考、視点に慣れてきって
それだけで一日が終わる
そんな毎日のちょっと外に出て
職場の外の方々との交流はとても貴重なものとなりました
今回お会いした方々の中には
これからもお付き合いを続けていこうという方々も複数
職場を通じての研修や交流も大切
でも、内容は仕事と通じることでも
職場から離れて
自分のお金や時間を使っての活動では
それとは別の何かが得られる、、、
今ちょっと一息ついて
深呼吸しながら
その有難さ、貴さを大きく吸い込んでいるところです

とても久しぶりになってしまいした
9月から、あちこちに首を突っ込んで
週末や夜も忙しくなっていました
首を突っ込んでいたのは
自分の専門と重なるけれどちょっとずれている関連分野
しかも学術的なことをされている方々たちとのお仕事でした
その直後には
以前から申し込んでいた週末研修の第一弾
様々な環境でセラピストとして働いている方
経歴もいろいろな方たちとお会いしました
日ごろは自分の周りで起きることに目も心も奪われ
仲間内では当たり前の言葉遣い、思考、視点に慣れてきって
それだけで一日が終わる
そんな毎日のちょっと外に出て
職場の外の方々との交流はとても貴重なものとなりました
今回お会いした方々の中には
これからもお付き合いを続けていこうという方々も複数
職場を通じての研修や交流も大切
でも、内容は仕事と通じることでも
職場から離れて
自分のお金や時間を使っての活動では
それとは別の何かが得られる、、、
今ちょっと一息ついて
深呼吸しながら
その有難さ、貴さを大きく吸い込んでいるところです
研修の会場で、、
久々にカメラを手にしてみました






