入居者から一本取ったような気分だった。
15メートルほどの廊下を車椅子で1日に何度も往復するその入居者は、
廊下に面して並んでいる他入居者の居室に入ってはその部屋の住人に怒られている。
スタッフが気づいた時は声掛けしているが、
「私はそこに行くんです」と聞き入れずに
怒り出すことが多いため、
向きを変えられたり食堂に戻されたりする。
私が通りかかった時も自身の部屋を通り越し、
他の部屋の扉を開けようとするところだった。
さて、どうやって声をかけようか。
他入居の部屋であることを伝えてみるが、
やはり「分かってるけど行きたいのや」と言われる。
無理やり止めるとしばらく怒りが収まらない。
認知症の方は不快な記憶が残りやすい。
何をされたかは忘れても、嫌なことがあった記憶は不思議と残っていく。
だから、出来るだけ嫌な気持ちになることは避けたい。
遠くまで頑張って来たことを褒めてみた。
気持ちがこちらに向いたので、
いつも頑張っている姿を見ていると伝えた。
「そう言っても、しんどい」と言われたので、
「そう思って、ここより食堂に近い所に部屋を用意したんですよ」と返すと、
「本当? 嬉しい」と笑顔になって引き返した。
自身の考えや行動を否定されると悲しい。
ほんのちょっとの事だけど、
声の掛け方を変える事でお互い気分よく過ごせる。
その方に合わせた声の掛け方をいつも探っている私がいる。