今年、稲城市民オペラは10年を迎える節目の年でした。
2013年11月22日に公民館登録をして、1年間ほど私一人でチマチマと準備。それから合唱団の募集をして、
2015年9月に第1回公演開催。
開催が近づくにつれて団員さんが少しずつ運営を手伝ってくれるようになり、初回椿姫の公演を終える頃には色んな方が仕事を分担して働くようになっていました。
初回の公演後、合唱団団長と副団長2名を指名。運営委員会も発足させ、それからの快進撃は皆さんの知るとおり
運営活動も素晴らしいのですが、作品に対する取り組みはどこまでも深く、それぞれの分野でどんどんオタク化
逆にこちらがたくさん勉強させて頂いてます。
そして『オペラで遊ぶ』ということまで。オペラを楽しみ尽くしています。
時にはそれは悪ふざけにもなり、
ソリストを馬に乗せたり、料理させたり、マエストロにカツラ被せたり
もちろんそういった姿勢は舞台にも表れます。
とにかく皆さん楽しそう!
先日、ある市民オペラさんの、あるオペラのワンシーンの画像を目にしたのですが、うちとの違いに愕然としました。
合唱団の様子が一言で言うと「生きてない」のです。まるでマスゲームのようで、、、
「ここに居ろと言われました」
「横の人とは均一に一定の間隔を空けてます」
「とりあえず前を向いて歌いました」
といった感じ。
そこに心を感じない。
あまりの違和感に、うちの団体の同じシーンの画像を確認してみました。
生きてる。
自然。
楽しそう。
キャラクター、一人一人に物語があるのです。
それは、一人一人に綿密に動きを付けて立ち位置を決めたと思いますでしょ?
少なくともこの時の公演では一人一人に付けるということはしてませんでした。
うちでは何事につけ、
自分の頭で考えろ!!!
と言ってます
演出のコンセプトは伝えてありますが、立ち位置や演技は一人一人に任されてることが多いです。(小道具だって自分たちで何が必要か考えて作ってます)
そうすると、稽古で私がガミガミ言ってるんじゃないの?と思われますよね。
確かにガミガミ言ってますが、それは運営に関することで。(広報活動もっとやって!とかそういうの)
言いたくとも、私も一緒に舞台に乗っているので、見たくても見れないのですよ
だから、公演が終わって出来上がってくる写真を見て、いつもビックリしてます。
特に驚いたのはこの1枚。
演出家はコンセプトを伝えただけ。
オペラ《愛の妙薬》で、アディーナが本を読んで聞かせているシーン。
興味津々な態度を取る人、ちょっと遠巻きにハスに構えて見てる人、全く興味のないような人、物語に心酔してる人…色んな人がいるでしょ。
そして
構図が美しい
この時の公演では、休憩中も合唱団は《愛の妙薬》の住人として表に出てきて何やかやとやっておりました。
そのシーンがこちら。
これ、全部幕間なんですよ。
休憩中に合唱団が舞台上でやっていたことです。
その前にやった《ラ・ボエーム》でも、一瞬を切り取ったシーンの美しかったこと。
今年の椿姫も
私の後ろで合唱団がどんな感じで演技をしているのか、こうして後から写真で知るのです。
一人一人が1枚の絵になっています。
体調不良で突然、出られなくなった人もいたシーンです。それでも不自然にならずにやっているのはお見事!
それにしても、演出家のセンスって問われますね。
立ち位置云々を言われる時は、構図が美しくない時くらいですかね。それでもあまり言ってるのを聞きません。コンセプト通りにやれば、自ずと美しくなるからです。
稽古では、合唱団員それぞれが自分の意思で動くように稽古していきます。素人の合唱団なのに、構図もここまで美しいものになる。ホントに素晴らしいです。
で、うちの団員さん、凄いことをしてるって分かってるのかなぁ???
なかなかこんな素晴らしい団体は無いですよ。
それよりも楽しむ!
ということに主眼をおいてるような。
だからこそ、一緒に舞台に乗れて嬉しい
来年のカルメンが楽しみです。