こんにちは。
笑いと癒しの音楽クリエイター、セシリアみつよです。
いつも読んで下さって、どうもありがとうございます。
ある年、ヒプノ氏はブルーレイの『スターウォーズ全巻』を買いました。
DVDはウチにありますが、より一層の美しさを求めたようです。
「正月はスターウォーズ祭しようぜ」
「ん~・・・」
私は5~6年前にもお正月に一人で「スターウォーズ祭」をしたし、その後もしたし、正直「またかよ・・・」と言う感じでした。
いや、好きやねんけど、もう少し・・・あと1年寝かしたいな・・・。
ところがどっこい。
見たら見たで、新たな発見があるもんどすな~。
『必要なメッセージは、必要な時に現れる』
『メッセージに意味はない。人がそこに勝手に意味を見出すのだ』
この真逆の2パターンを聞きますよね。
2年くらい前、ヒプノ氏の口から、この2つを聞いた日にゃあ、ホンマ、
「どっちやね~ん。矛盾しとるやん~」と、混乱してました。
今は、私的解釈は、この世で起こってる事が完全であり完璧ならば、宇宙全てに配置される事柄、物事、すべて完璧で『すべてに意味がある』。
人がそこから何かを抽出しても、『必要なメッセージ』であり、また全てがメッセージなんやから、『意味はない』と思います。
言うてる本人も何て言うたらええんか、混乱してます。
その時々によって、クローズアップされる事柄、引きつけられる事柄が、違うっちゅう事かな
そら人間生きてたら、2年前の私と、1年前の私と、今の私は全然違うものやし、環境も少しずつ変わってて・・・ていうか私はすごく変わったし、その時々の心の何かに触れたものが、注目されて当然なんかな~と思います。
それを、『スターウォーズ』に置き換えたらですが・・・。
『スターウォーズEP1~6』は、何回見ても、内容は変わらへんのです。
誰が見ても同じなのです。
それが『不変な真理』とか『完璧に配置された物事』だとします。
でも、5年前に見た時と、2年前に見た時と、今回見た時とでは、「なるほど」と思ったり、ピピピと来るセリフが全然違ったりします。
それを、『メッセージ』とヒトは感じるのだと思います。
どの人の周りにも、完璧な真理が絶えずあって、何気に生活してたら全然解らんもんなんやけど、何かの拍子にピュッと気づいたりする・・・。
格調が失われる言い方には定評のある私。
例えば、近所のスーパーには大概、毎日365日、同じものが同じ配置で置いてあって、な~んも考えんと入って、な~んも考えんと出て行く。
そこに『キャベツ1個100円』とか目に入ったら、
『買わなっっ』と思いますやん。
ウチなんかヒプノ氏、肉食べへんから、私は自主的に昼間とかに摂取するんです。
菜食が続いた時に、スーパー入ったら、美味しそうな『鳥の照り焼き』とか『唐揚げ』とか、目に飛び込みます。輝いてますもん。
でも、それは『いつもそこにある』わけです。
いつもあんねん。
ただ、気づけへんだけやねん。
ほんで、気づけへん時は、そのヒトには『必要ない』ねん。
『必要なメッセージは、必要な時に現れる』
『メッセージに意味はない。人がそこに勝手に意味を見出すのだ』
だから、真逆なようでどっちも正しいねんな~と思います。
スターウォーズ祭の話をしようと思ったのに、助走が長すぎました。
すんまそん。
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