昨日、津市のプラザ洞津で津高校の古希同窓会に出席しました。高校時代は、受験戦争のさなかで、友人はライバルと思えと言われて、穏やかな楽しい附属中学時代と比べて、あまり良い思い出がなく、これまで、一度も高校の同窓会には出席していませんでしたが、昨年、大病を患い、6週間の入院を経て、奇跡的に回復した今、これまでの人生を振り返ろうと思い、古希、皆が70歳という年齢は、今後、なかなか、会えない人が多いかもという気持ちで出席しました。

 三重県の津高校はそのころ、人口が増えている時代でもあり、1学年580名ほどの12クラスあるマンモス高でした。

 高校に入るや否や、数学の先生から、附属中学や高田中学の諸君は今は、クラスのトップクラスと思っていても、夏休みの後は地獄を見るぞと脅され、君たちは伸びた弦で、すぐに切れてしまうと言われました。実際、夏休み後の試験は散々の出来で、成績は3桁のところまで落ちました。

やはり、と思いましたが、各中学のトップクラスの生徒は夏休みに猛勉強をしているのに、我々はクラブ活動や授業をさぼって映画をみたり、遊びにかまけて、あまり勉強をしていませんでした。愕然として、クラブ活動もやめて、本気で勉強を始めましたが、他の生徒も頑張るので、なかなか、成績は上がらず惨めな思いをしたのを覚えています。暗い3年間だったと記憶しています。

 52年ぶりに会う級友たちは顔も思い出せません。でも15分ぐらい皆の顔を見ていると、確かに、皆の顔を少しずつ認識することができるようになりました。残念ながら、高校時代に親しかった友人は亡くなったり、参加していなかったりしましたが、小学校の時に友人に2名思いがけず逢えて、昔話に花をさかせました。今回、170名の参加者が集い、3割弱が参加したということで、すごい数が集まりました。ただ、12クラスもあったので、一度も同じクラスにならなかった人が大半で、あまり、お話ができなかった人が多く、残念でした。

恩師も4名参加、現役の津高校の校長先生も参加してくださり、現在は1クラス40名、8クラスで学年320名と数が減ったこと、今でも、昔と同じで、自由でフランクな学風が残っていることを紹介していただきました。恩師は80歳前後ですが、非常にしっかりしておられ、音楽の先生は、素晴らしい朗々とした声で,校歌を歌われており、1年の時の担任の先生は80歳を過ぎてからも、いろいろ勉強したり、地域活動に参加したりしているようです。お話をして、私のことを覚えてくださっており、びっくりしました。

 もう少し、高校時代、いろいろがんばっていればよかったと反省しております。折角、助かった命ですから、これからも、誰かの助けになるように頑張れたらと、名古屋に戻りました。9月には附属中学の同窓会があるということで、その3年間は濃密な時間であったので、より楽しみです。