心不全での入院6週間を俳句と川柳で振り返ります。

 点滴治療で、自分自身では体調がよくなったと思っていましたが、血液検査の値はほとんどの数値が4桁ととんでもない数値になっていました。

 名古屋セントラル病院から名古屋大学に転院する説明を聞きながら、「ウトウトと 大丈夫ですか ナースの声」と時々意識が飛んでいたのかもしれません。

 転院の救急車の中ストレッチャーから落ちないように縛られながら「ゆっくりと 赤信号でも 揺れる点滴」

 名大につくとすぐにCTを取り、持続点滴の血管を取りますが、もともと血管が細く、血圧が低く、浮腫があるため、研修医の先生が入れ替わり立ち代わり、血管を取ろうとしますが取れず、エコーをつかいながらようやく太くて長い点滴のルートを取りました。「紫斑だらけ 持続点滴 ルート取り」毎日の血液採取だけでも大変でした。

 ICUでは絶対安静で、ベッドから全く動けませんので、床ずれを防ぐ運動や、大小の世話も全て看護師の人にやっていただきます。最初は、恥ずかしかったのが、だんだん慣れてきます。「ICU 時が定まぬ 年の夜の」「ICU 金属音が 子守歌」

 携帯やパソコンは持ち込み禁止ですので、代務のお願いや、振り込みなど、全て家族を通して行いました。本来は面会は週1回ですが、仕事の指示のため特別に毎日、許可していただきました。

 一般病棟に移ると、歩きたくてしょうがないのですが、「安静に 歩きたいのに 脈が飛ぶ」お腹はすくのですが「病院食 喉を通らぬ まずさかな」、最初減塩食でしたが、普通食に代わっても、美味しくないです。ご飯の量だけ多くて残しました。

 子供は院内には入れないので、「面会は 二十歳以上と 孫会えず」12Fの病室から鶴舞公園で遊ぶ孫と犬の姿が小さく見えますが、6週間全く会えませんでした。「年の暮れ いとおし孫が 窓外に」、退院がいつになるかわからないので、病室で年賀状を書きましたが、「悠々と 急ぐ師走に、賀状書く」「賀状書く 横で血圧 検温も」

 部屋は南側で外は寒いのに、温室のようでした。点滴がとれるまで「温室で 針と繋がる 娑婆の声」こんな感じでした。

 退院が決まった後、インフルエンザAに罹患し「インフルや 娑婆が遠のく 寝床かな」でしたが、予定どうり12月28日に退院できました。

 退院後「団欒が、うれし涙の 退院後」「娑婆に出て、笑顔と涙の団欒が」