元旦に起きた能登半島の地震の映像は、2011年の東日本大震災の記憶を呼び起こします。あの時、LASIKの手術をしていました。顕微鏡を見ていて映像が揺れて、自分自身が脳梗塞でも発症したのかと顕微鏡から目を離すと14階でしたので、長期振動で、長いゆっくりした揺れで、地震だと認識しました。スタッフは顕微鏡にしがみついていました。患者さんに地震ですね、今、手術を止めても良い状態ですので、ちょっと収まるまで待ちましょうねといい、どこかで、大きな地震があったかもしれませんが、停電になっても手術が続けられるシステムになっていますので、心配しないでくださいねと説明し、無事に残りの手術も終えて手術室を出て、TVをつけると東北地方の津波の映像がどのチャンネルからも流れていました。東北や関東の友人は無事なのかと思い、連絡しようとしましたが、携帯はアクセスが集中して繋がらない状況でした。

前年には銀座眼科の問題で、さらにNHKの7時のニュースの誤報で屈折矯正手術の数が半減から1/4に減少していた時期に大災害が起こり、日本中が自粛ムードに落ち込みました。

これで自費診療はさらに数が減るなと考えていました。

 4月の学会で東京に行きましたが、夜は真っ暗、エスカレーターは止まり、余震で、けたたましく携帯が鳴り何度も震度4や震度3の地震が起こり、眠れなかったこともありました。

 あの時思ったのは、日本全体が自粛で下を向いていたら駄目なんだ。被害がなかったところが、一生懸命働いて、税収を上げ、消費し、その元気を東北に送らないといけないんだと思いました。勿論、クリニックでも、寄付を募り、私自身は手術をするたびに1回いくらと募金箱にお金を入れました。また、眼鏡やコンタクトレンズがないということで、屈折矯正手術で不要になった眼鏡を集め、きれいにして東北に送りました。また、皆で東北のコメ、野菜、肉、魚、お菓子を買うようにしました。

 今の能登の状況は復興という文字が見える状況ではありませんが、我々ができることをやらないといけないですし、自粛するのではなく、毎日の生活を同じようにやるべきだと思います。愛知県も消防隊、警察、市町村の職員だけでなく医師会もJMATを送り続けています。

 国会議員の先生方も政治資金にも入れず懐に入れていた5億~6億のお金は能登の支援に寄付されたらどうでしょう。少しは情状酌量になるのではないですか?

 災害の時に、眼鏡やCLは持ち出せないこともあります。眼がよく見えるというのは大事なことです。東日本大震災でも、小学校の校庭に沢山の人が避難していて、3階にいて、海から駆け上がってくる津波を最初に発見した人が大声で津波がくるぞ、早く2階や3階に避難してくださいと言った人がLASIKを受けた人であったという話を後で知りました。

 関東や東北では、その後、屈折矯正手術や白内障手術を受ける人が増えたということです。