私が屈折矯正手術を始めたのは、今から22年前です。何度もお話ししたように、きっかけは眼科医会からLASIKは果たして良い手術かどうかを調べて欲しいという依頼でした。

各地の手術を見学に行きました。そこで見たのは50歳以上の患者さんにLASIKをやって正視にしていました。その先生に老眼になって困るんではないですか?と聞くと患者さんが正視を希望するから構わないとのことでした。なおも、食い下がるとその先生は立ったら君がLASIKをそういう考えでやればいいじゃないかと言われました。売り言葉に買い言葉で、LASIKそのものの良さは理解できたので、自分自身で10年後も遠くも近くも見える手術をしようと思い、屈折矯正手術の道に入りました。

 老視の人を正視にしてはいけないのではなく、どういう状況になるかを十分インフォームドコンセントのもとに、やるかということだと思います。老眼の進行を減らすための方法(モノビジョン、乱視を残す、近視を残す)などいろいろな方法で、説明し、SCLをかけてどういう見え方になるかを体験してもらうなどやるべきことをしっかりしてということだと思います。自分自身としては、40歳~49歳はLASIKでやるとしても既に老眼がある人はモノビジョン、老眼がない人で、老眼鏡を装用するのは仕方がないとという人だけ、正視にして、60歳を過ぎて、完全に近くが見えなくなったら、多焦点をしましょうという話を必ずしています。十分なインフォームドコンセントをしても、患者さんはすぐに忘れます

 それで、現在、LASIK後10年から20年の人を経過観察していますが、10年経過後の40歳未満と40歳以上で満足度を比較しますと有意に40歳以上が満足度が下がっています。ですから、やはり40歳以上は非常に丁寧に説明しても、老眼で近くが見にくくなると満足度が下がります。

 今年のJSCRSのテーマは「術者の良心。向上心」でしたが、屈折矯正の一般講演でICLの演題で「浅前房へのICL手術の検討」と「46歳以上のICLの臨床成績」がありました。

いずれもJSCRSの適応範囲外の症例に対する手術成績です。

 十分なインフォームドコンセントは取っているのでしょうが、成績が良かったから、適応は変えてよいというのは少し違うと思います。

 10年後に同じ症例の満足度を出してください。と質問と提案をしましたが、10年先のことは、考える必要はないのでは、というお答え、学会のテーマの術者の良心はどこへいったのでしょうか?

 私の恩師は現在76歳ですが、未だに自分が手術した方のデータのを集めて統計解析をされています(私の施設にもデータを送ってくださいと1年ごとに催促のメールがきます)。私が教えられたのは、患者さんから得たデータは、次の世代の患者さんへお返しをしなくてはいけない。だから、データを取るんだよ。と言われてきました。ですから、今でも、私自身データをとり、時間があるときに解析をしています。ですから、10年先のことを考えて手術をしています。

術者の良心というのはそういうことではないでしょうか?