眼科の学会で大きなものは、基礎研究主体の日本眼科学会が4月、臨床主体が日本臨床眼科学会が10月から11月、専門学会として手術全体が日本眼科手術学会が1月後半、今回は2月1日~3日、白内障、IOL,屈折矯正を集めたものが、日本眼内レンズ屈折矯正学会が6月にあります。私が毎年参加する学会がこの4つです。これ以外に網膜硝子体学会11月、緑内障学会9月、糖尿病眼学会が3月、眼光学会は9月から10月、それ以外にも、私が参加していた神経眼科、交通眼科、視野学会、色覚学会、斜視弱視学会、小児眼科など、専門学会がいくつもあります。それ以外に地方会、以前は今はもうなくなりましたが、中部眼科学会という、全国学会レベルの地方会もありました。東海眼科学会は、現在は年1回ですが、昔は年4回もありました。新入医局員の発表の場でした。それ以外に同窓会学会などの集談会、海外ではアメリカのARVO(基礎研究)、AAO(臨床)、ASCRS(屈折矯正)、ESCRS(ヨーロッパの屈折矯正)によく参加していました。講演会もいれると、私は年間20回ほど、発表、講演、参加していました。

 開業してからは、年間6~8学会ですが、総合上飯田第一病院眼科部長の時代には、常勤医7名、非常勤8名ほどいましたので、毎年、20演題ほど学会発表をしていました。原著は毎年5~6報ほどでしたでしょうか?

 12月~1月の間に、翌年の各自のテーマを決めて、おおよその演題内容を決めました。

 今から25年ほど前でしょうか?その当時としては珍しく、大学の関連病院ではなく、梁山泊にようなところで、研修医も、弘前大学、横浜市立大学、愛知医科大学、熊本大学、長崎大学、久留米大学など、全国各地から集まり、楽しい時代でした。

 海外の学会も2年に一度は参加発表し、学会に行きたければ、発表しなさいが合言葉でした。毎月、学会の予行があり、喧々諤々、学会に行ったら、必ず、質問をしなさい。というのも、我々のモットーでした。共同演者は、基本は演者に任せ、助けない。発表と直接関係のないこと、質問がおかしい時だけ、助け船をだすのが、我々のやり方ですので、発表者は、かなり勉強をしなければならず、大変でしたが、各自力はついたと思います。今は、大学や地元に戻って、皆さん頑張っていらっしゃるようで、学会で会うと、懐かしさでいっぱいになります。