昨日、津新町のプラザ洞津で昭和46年卒業三重大学附属中学同窓会がありました。
卒業後45年目です。以前、一度クラスの同窓会に参加しましたが、多分20年ぐらい前です。
今回は全クラス合同で、4クラス160名ほどでしたので、ほぼ、その半数の80名が参加しました。
我々Dクラスは昨年クラスで還暦同窓会をやられたそうで、そのためか、16名と少し少ないようでしたが、45年ぶりに会うのに、やはり面影は残っていて、駅のトイレで2名に会い、やあやあと楽しく語らいながら、会場まで歩きました。受付は女性陣でしたが、女性はわかるひとはわかりますが、全くわからない人が多く、くじを引いて、Dクラスは3卓に別れました。中学に戻ったように、皆、童顔が戻ったような感じです。わが校は、3年間クラス替えがなく、担任も3年間もちあがり、副担任だけ、毎年変わるという感じですので、皆、仲良く、お互いのことがよくわかっていました。私にとって、中学時代は一番楽しい時でした。先生方は米寿、傘寿など、皆、お歳でしたが元気ででてくれ、挨拶も昔を彷彿させるものでした。
子供のころの20歳差は大きいですが、60歳になっての20歳は近く感じるものです。でも、先生の前では先生と生徒に戻ります。環境の良い、田舎にありましたので、私は科学部に入り、天文部として、夜空の流星群を観察したり、写真部として写真の現像焼き付けをしたり、化学部としていろいろな燃焼実験をやったり、夏休み前にバレーボール部の部員が足らないから、お前も参加しろと言われ、夏休みをバレーボールに打ちこみ、回転レシーブの練習を毎日やっていました。その頃は9人制ですので、移動はなく、私は後ろでレシーブとサーブだけを練習していました。それも今となっては懐かしい思い出です。生徒会活動もやり、勉強だけでなく、先生の家に遊びに行ったり、帰り道に友人の家によったり、バーレーボール部のみんなと四日市に男子の日本鋼管の試合(横田や大古の時代)を見に行ったりしていました。 あとから、あとからフラッシュバックのようにいろんなことが目に浮かんできました。
19時15分頃お開きになり、皆さんは2次会、3次会に行ったようです。私も行きたい気もありましたが、本日の診療とクララの散歩がありますので、失礼して家路につきました。楽しい1日でした。