PRKの欠点
その当時のPRKの欠点としては、1)角膜上皮を直接削るために、知覚神経である三叉神経を傷つけ、非常に痛く、2)角膜上皮が、再生するまでは視力1.0は無理、また、角膜上皮が完全に修復するまでは、遠視がでて、1ヶ月しないと見え方が安定しない。3)片眼づつ行うということが基本のため、かなりの時間を割かねばならず、爆発的な流行にはなり得なかった。
LASIKの誕生
PRKの欠点を解決する方法として、マイクロケラトームという器械で、角膜の蓋(角膜フラップ)をつくり、角膜上皮を温存して、残りの角膜をレーザーで削るLASIK(レーシック)という方法が開発されました。この方法は、角膜上皮が温存されるという点が大きなポイントです。
レーシックの利点として、1)術後角膜フラップを戻すとすぐに見えるということ、2)マイクロケラトームで角膜を切除するため、完全な神経ブロックをしたことと同じ事になるため、全く無痛である。この2点で爆発的な人気となりました。1995年にアメリカのFDAで認可され年毎に倍増し、2000年には、アメリカで150万眼に達しました。
日本でも、1990年より、エキシマレーザーに関しての情報が入り、これは、きちんとデーターをとって眼科医が関わらなくては行けないと言うことで、治験がはじまり、
2000年の1月にようやく厚生労働省により、エキシマレーザーによる近視矯正手術が認可されました。ただ、その時点では認可されたのは、PRKだけで、レーシックは認可されませんでした。しかし現実には近視矯正手術の95%以上がレーシックという状態でした。眼科医のなかでも、自分自身が、レーシックを受ける人が増え、2000年には日本でも3万眼の近視矯正手術が行われるようになりました。しかし、現実に、その手術を行う人が、眼科専門医でないことも多く、また、眼科専門医であっても、白内障術者であったり、角膜の専門家が、近視矯正手術を手がけるという状態でした。
私がLASIKをはじめた理由
近視矯正手術が増えてきている中で、本当にこの手術が、有用な物であるのか、視機能の専門家として、私自身が理解する必要があり、1999年から1年半にわたり、近視矯正手術におけるありとあらゆる学会、講習会、勉強会に出席しました。それによって、この手術がいかに安定した手術成績をほこり、安全性に優れ、問題点が少ない手術であることは理解できました。しかし、いつも、疑問に思うことは、なぜ、常に正視なのかということでした。屈折調節を専門にしているからには、その人にとっての最も生活上有利な見え方はどの度数かを決める。これが、私の仕事だと思っています。それがきっかけで2000年11月より、その頃勤務していた愛生会 総合上飯田第一病院の分院として医療法人 セントラルアイクリニックを立ち上げて、レーシックをはじめました。それからいつの間にか10年が過ぎ去りました。
ちなみに近視矯正LASIKが認可されたのは2006年でした(認可されたのはNIDEKとVISIXのみです)。