屈折矯正と老眼
私がレーシックを受けたのは47歳の時です。
2000年から屈折矯正手術を開始しましたが、自分自身は老眼があったため、手術をすることにためらいがありました。
屈折矯正手術は遠くが見える手術であり、若い人は遠くも近くも見えますが、調節力がない中高年は遠くは見えても、近くが見にくくなります。
老眼鏡をかけるのであれば、今の遠近両用の眼鏡とほとんど変らないという気がありました。
手術を受けるきっかけ
でもそのころ、毎週9人の手術をやりながら、説明会をやって、皆さんがいかによく見えるようになったかを聞き、また、説明会で”どうして先生はメガネをかけているんですか?”と言う問いに対して、老眼だからという話をするより、自分がどのように見えるかを話した方が説得力もありますし、私自身も中学校からかけていた、眼鏡なしの生活に憧れてもいました。
モノビジョン
それで、モノビジョンという方法(片眼を正視、僚眼を-1.5デイオプターの近視)で、何とか遠くも近くも見えるようにしました。
術直後の見え方(裸眼の喜び)
術直後は、ぼやっとした感じでしたが、術後1時間、2時間するとだんだん見えてくるのがわかりました。その日は私も患者さんと同じようにマリオットホテルに泊まり、どのような感じか体験してみました。居酒屋で友人と食事をしながら、壁の値段表がはっきり見えてきました。嬉しかったですね。左は近視が残してありましたので、近くのものもよく見えました。ホテルの部屋に入ると夜景がとても綺麗で、患者さんは、皆この景色を見ているのかと思うと、我ながら、良いサービスをしていると思いました。
翌日からの見え方
翌日は、普通に診療をして、患者様から、先生コンタクトレンズに変えたのですかと聞かれ、いいえ、レーシックをしました。と誇らしげに言った記憶があります。その後、見るもの全て新鮮に感じました。
まず、感じたのが、物が立体的に見えるのです。グラスを通して見る景色と裸眼で見る景色がこれほど違うものだとは思いませんでした。
特に、森の緑が迫ってくる感覚は、手術をしたのだという実感が湧きました。
唯一、心配だったのは、夜間の高速道路の運転でした。
翌日の帰りに、高速道路を試しに使ってみました。グレア、ハローは削った度数が少ないため、ほとんど変らず、むしろ、綺麗に見えるという感じでした。
モノビジョンでしかも、本来は優位眼を遠くに合わせ、非優位眼を近くに合わせるのが一般的ですが、私は、近くの見え方がより大事だと思っていますので、優位眼を近くに合わせ、非優位眼を遠くにあわせました。遠くを見る時に両眼でみるより、左目で見た時の方が良く見えます。車の運転で夜間だと、少しみにくい気がして、夜間運転用に眼鏡を合わせましたが、そのうちに全くかけなくなり、24時間、いつでも裸眼です。たまに、サングラスをかけると、暑かったり、重かったり、良くこんな大変なものを、34年間も装用していたのかと思いました。
レーシックで嬉しかったこと
一番嬉しかったのは、露天風呂です。手術後初めて温泉に行った時、満点の星を見ながらの入浴は筆舌に尽くしたいものでした。なぜ、もっと早く手術をやらなかったのか、残念でなりませんでした。その頃、説明会で、よく露天風呂の話をしています。露天風呂で、メガネをかけているのは、何故か、変な感じです。
もう一つ感じたことが、調節力が増したと感じました。その理由として、モノビジョンにしたことがありますが、それは両眼で見た時のことで、片眼ずつでも以前より近くが見える気がしました。他覚的および自覚的調節力を測定しましたが、術前より改善していました。
そのことが、あって、レーシック術後の調節力を測定しましたが、少し、改善しているようでした。その原因は、その後、いろいろ調べると、球面収差などの上昇が、調節力の改善に関係しているということがわかりました。勿論、たくさん削って、収差が増えすぎると逆に調節力は低下しますが、120μまでであれば、調節幅と微動調節の高周波成分が増えます。おもしろいものです。
こんな、研究をやっているレーシックサージャンはいないと思います。
レーシックで変ったこと
もう一つ変ったことがあります。メガネをなしにしたのと前後して、ホクロもCO2レーザーで取り除きました。以前から、悪性化するといけないから取るようにと言われていましたが、トレードマークのようになっていましたので、ほおっておきました。親しい先生の施設にCO2レーザー手術の見学に行ったときに取りましょうかといわれて、その場で取ってしまいました。眼鏡がなくなり、ホクロがなくなると顔の感じがかなり違ってきます。
その頃、父親が急死したこともあり、また、開業していると、クリニックを休むことはできません。自慢ではないですが、大学卒業以来、30年間病気で休んだことは一度もありません。風邪を引くのも、寝込むのも休みのときだけです。一人開業ですから、私が倒れたら、家族もスタッフも路頭に迷うことになります。
ですから、体が資本であり、太っていたために悪かった肝機能や体型もこの際、シェイプアップして、健康な体にしようと、運動を始めました。朝、40分歩いたり、ジョギングしたり、また、フィットネスにも通い、体重を8キロ、3ヶ月で落としました。最近は少し戻ってきましたが、筋肉体質になった為だと思っています。私の8年前の写真を見ると、今と全く違うことにびっくりすると思います。初めの頃、病気ではないかと学会に行くと聞かれました。
レーシックが日本を変える
何事にも積極的になったかもしれません。ともかく、その少し前に書いた、”レーシックが日本を変える”と言う本は、皆がレーシックをやって、自分に自信をもって、日本を変えてもらいたいという願望でしたが、はからずも、自分がそれを実証したと思っています。
アイレーシック、アモイリスPRK,多焦点眼内レンズ、フェイキックIOL,オルソケラトロジー、角膜内リング、Add-ONレンズ、KAMRA Inlay,次々と新しいことに挑戦して常に屈折矯正の最前線で歩み続けたいと思います。