少しばかり遅れたけど、鶴崎君「Qさま!」初優勝おめでとう!
部屋中に甘く、香ばしいいい香りが広がる。
「これ位、かなぁ?」
たくさんのクッキーやマドレーヌ。
プレーンやチョコチップ、オレンジピールが入ったもの。
「あら?あらあらあら?一体どうされたのですか?キラ」
帰宅してきたラクスが、今まであり得なかった状況にスカイブルーの瞳をまん丸くする。
「あ、お帰り、ラクス」
昨日、ほぼ一ヶ月ぶりにミレニアムから帰ってきたキラが、出勤する自分と同じくらいに出かけたのは知っていたが、まさかこれを作る材料の買い出しだったのだろうか。
ちなみにキラは今日を含めて4日間の休暇。
ラクスは明日から5日間の休暇になっている。どうにか三日だけ休暇を合わせられたのだ。
「どうされたのですか、これは」
確かにキラは甘いものが好きだが、これまで自分で作った事はなかった。
「これが僕らの分。こっちはミレニアムへの差し入れの分」
「まぁ」
「皆がラクスの差し入れ、すごく喜んでたから。僕もやってみたくなって。でも、ラクスみたいに凝った料理なんて作れないし、初心者用のお菓子をレシピ通りに作ってみた」
一応、初めに少量作って、うまくいったから大量生産したのだ。
「ちょっと待っていて下さいな」
ラクスは手洗いとうがいを済ませ、部屋着に着替えてから、クッキーを一枚味見した。
「…美味しいですわ、キラ。初めて、なのですよね?」
甘さも、焼き加減も、舌触りも申し分ない。
「正確に言えば、子どもの頃にアスランと何度か」
「アスランと?」
「うん。母の日にと父の日にね」
既に両親のいないラクスには少々言いにくい事ではあったが、黙っているのも変だし、噓を吐くのも違う。
「もっとも、アスラン主導だったけどね」
アスランの母・レノアは忙しい人だったし、アスランにとっては貴重な理由付けでもあったのだろう、と後になって思った。父の日のあれがどうなったのかは、それこそもう訊くのも憚られるような気がする。
「そうだったんですね」
キラにとってお菓子作りは「誰かへの感謝」がある行為になっているのだろう。
過去の話を聞いて、ふと、そう思った。
とはいえ、今まではそんな余裕がなかったのだ。
時間的にも、キラの心理的にも。
もしそうであるならば、ラクスにとってこのクッキーやマドレーヌは世界一価値のあるお菓子だ。
「来年のラクスの誕生日は、僕がケーキ作れるまで頑張ろうかな」
「それは嬉しいですわ」
スケジュールが合うかどうかは、この際考えない。
「とりあえずこれは、明日整備兵達へ持って行く分だから、パイロットやブリッジ・クルーへの分はまた作らないとね」
「全員に行き渡るでしょうか?」
「それは渡した人たちに言っておくしかないね」
「ですわね」
「買い出し、手伝ってくれる?」
「勿論ですわ」
デートには違いないし、ミレニアム・クルーに感謝を伝えるのは自分もやりたい事だ。本部の職員は多すぎて、到底追いつかないのでそこは許してほしい。
「あ、でも、作るのは僕だからね」
「え!」
「ラクスに手伝ってもらったら、僕からの、にならないでしょう」
「…仕方ありませんわ。わたくしは何時ものようにお料理にしますわ」
「…しまった」
「どうされました?」
「夕食の準備、まだだった」
「あら。でしたら、それこそ二人で作ればよろしいのですわ」
「僕が作れるのなんて、簡単なものばかりだけどね」
「レシピはご存じでしょう?」
かつてアスランが言っていたように、キラは大体のことは一度やれば覚える。
「じゃ、これを片付けてから始めよう」
「ええ。この袋ですね」
「うん。種類ごとに入れる」
二人の周りを、珍しく黙ったままハロたちが跳ね回り、トリィとブルーが天井を旋回していた。
このくらいほのぼの暮らして行けるようになればいいなぁ。
キラは和菓子の方が好きそうだけど、甘い系の和菓子、日持ちしねぇ…。干菓子やせんべいって一般家庭では難易度高い。