一時、改善されたかのようにみえた睡眠障害。
またなかなか寝付けなくなり、そして安定の中途覚醒が始まりました。

百会を押しても、頭皮マッサージをしても、肩首を動かしても足を温めてもストレッチをしても
入眠剤や睡眠薬を飲んでも、免疫ができてしまったのか、夜になっても職場での緊張が解けないのか
変わらない。
そこで思いついた。
「そうだ。眠れないなら、眠くなるまで待とう」

そして昨夜、いえ。
もう今朝方、になるのかしら?

お布団にゴロゴロして、なんとか眠れそうだと思ったのは、深夜2:00すぎ。
朝はいつも通りの5:20に目覚ましの音に起こされ、心身ともにやはり怠かったです。苦笑

準備をして出勤し、しばらく仕事をすると
「あぁ…なんだか今日は特に眠いなぁ、、、」

寝不足であることを忘れて、一瞬、不思議に思ってしまいました。笑





コロナだから。でなく、普通に面倒で行っていなかった美容院。
「寒くなるまで髪の毛は縛りっぱなしだし、前回物凄く切られたから、まぁいいや。」と。。😅

しかし、じょろじょろと伸びてきて、下ろすともっさぁな毛髪量になってきた。
長さと量に限界を感じて、予約をしました。笑

久しぶりだったこと、夏前の紫外線が強い時期でもあるので、トリートメントとスパも追加です。

好みのローズ香に包まれながら、頭皮毛髪をモワモワの泡で包まれて、マッサージを受けること15分……

あーー
そのギュウッギュウに押す万力の感じ、、、(*´∀`*)


お顔のシワ・たるみ・毛穴、髪の毛の健やかさは頭皮から。とのことで、自身でもマッサージはしていますが、香りと泡に包まれ、人様の力でグイグイしていただくマッサージは、やはり違う。

仕事と通院、お掃除など、基本の日常生活以外は面倒臭い気持ちが先になり
自分自身を癒やすこと、労ること、綺麗にしてあげることを、忘れていたなぁ


『誰かのため』でなく、特に人に会う予定があるわけでなくても、たまには
『わたしのため』に素敵なお洋服を買い、『わたしのため』に美容院で磨いてもらい、『わたしのため』に、やりたいことをやってあげる。

年中無休で働く、頑張り屋さんの身体です。
一番大切な『わたし』を最優先してあげないとね。




以前は頻繁に利用していたド○ールさん。
お店の前を通りながら、レジの上に貼られたメニューをぼんやり見つめ
「あーそういえばミラノサンドも食べていないなぁ…」
と思った。
そしてふと、付加価値について考えた。

ミラノサンドが食べたくて行くか。。
否、他のものでもいい
コーヒーが飲みたくて寄るか。。
否、こだわらないので別にどこでもいい

ではなぜ、以前はよく行ったのか?

それは、禁煙分煙でどこもかしこも煙草を吸うことができなくなり、座って喫煙しながら、ゆっくり休める数少ないお店だったから。

今は殆どが喫煙ブースになり、ゆっくりできない。
立ったままで、人数制限もある。それでもずっと居座る人はいて、なかなか空かない。

それなら
「わざわざ寄らなくても、お家に帰ってゆっくりしよう。」
「立って吸うなら他の喫煙ブースでもいいや。」
そう思うようになり、カフェに寄る回数はガクンと減った。
ご飯を食べるときも、美味しそうなお店を探すようになった。

喫煙可能なカフェや食事処の魅力は、喫煙者から見ると「ゆっくりできて、かつ喫煙もできるから。」が価値。
それができなくなると価値はなくなるんだなぁ…


ひとも、同じようなものなのかもしれない。
だから昔から「胃袋をつかむ」なんて言葉もあるくらいなのでしょう





プライド・・・自負心、自尊心

自負心・・・自分の才能などに自身を持つ気持ち

自尊心・・・他者の干渉を排除し、自分自身を尊重する気持ち

プライドには2種類あると思う。
生きるうえで必要なものと、そうでないもの。

わからないことの教えを請う。
欲しいもの、必要なものをお願いする。
間違いに気づかせていただいた。
これらは恥ずかしいことではない。

『仏の顔も三度まで』という言葉があるくらいなので、何度も何度も何度も同じことを聞くのは、ただのお馬鹿さんなのかと思いますが……

「(プライドが高くて)ひとに聞けない」
「必要なものなのに(プライドが邪魔をして)お願いできない」
「間違いを指摘された。(なんで言われなきゃいけないのよ)腹が立った、コノヤロー!」
これらは不要なプライドです。笑

けれど、『今このときの自分を、価値のある存在と思える。かけがえのない存在と認める』こと

このプライドは、必要なものだと思う。





5年ぶりに涙が出た。

「涙はストレス解消」と言われていますが、忘れもしない、、、
いや。あまりにも深く刺さりすぎて忘れられない。でしょうか…

2017年、張り詰めていた心の糸がぶつんと切れて、記憶にあるだけで人生で二度目の大泣きをしました。

元々わりと涙もろく、映画や小説、ニュースなどでしくしく、またはホロリと泣けるタイプではありましたが、誰かにこぼしながら泣くことはなかった。
一人で泣くタイプです。

それがその時は、当時の友人に話を聞いてもらいながら、まぶたが腫れるまで泣きました。
全てに絶望してしまったのかもしれません

そして翌日から心に蓋をしたのか、あくびと、コンタクトのゴミ以外では、一滴も流れなくなりました。
(嘘のようですが、事実です。)

映画を観ても、本を読んでも失恋をしても、悔しくても悲しくても

胸は苦しいのに、上手く呼吸ができないのに、食欲もなくどんどん体重は減るのに、そして生きる気力も殆どないのに
まぶたは熱くなっても、涙は決して出ない。

あの出来事で、私の涙は枯渇してしまったのかと思っていました。(今は有り得ないと解るけれど、本気で。笑)

あのときの号泣から初めて、涙が出た。


久しぶりに泣いたので、とてもとても疲れました。笑
ですがなんとなく、すこーしだけ心がスッキリした。


涙はストレスホルモンを身体から流し出す効果がある。
けれど、泣けなかったら泣けなくてもいい。
そのうち、なにかの切っ掛けで、また涙は流れます。

身体の半分が水分でできている人体に、涙の枯渇はないのですね