好きなお店ある?と聞かれたら、特にない。と答える私ですが
新宿駅なら、一軒だけ好きなお店がある。
初めて食べたときに、お出汁の美味しさに感動したこめらくさん。

けれど、お休みはできるだけ人混みを避けたく、平日はほとんど社外に出られない私には、たまのご褒美なのです。
そのためポイントカードは、せいぜい2回、大半が1回止まり。


それが今回初めて、あと一歩の所までためられました〜🙌


こめらくさんはお出汁の美味しさも好みですが

御膳?お盆?右側にちょこんと置かれている、おもてなしメッセージにも、毎回癒やされるんですよね





明日は何を作ろうかなー
と食べたいもの、、欲している。なのかしら?
栄養を、身体に聞く。
そして浮かんだ野菜の栄養価を調べ、これだと思った食材のレシピを調べる。

スーパーへ行く前に材料を確認。
じゃがいも、人参、ひき肉、トマト、、
“ふんふん…”
お醤油、オリーブオイル、ごま油、みりん、お酒、鷹の爪…
“ふんふん。これはあるな…”

!!😲

上京してしばらくはお料理への興味は皆無で、たまーに気が向いて作っても、お味噌汁やカレーくらい。
包丁の使い方やお米の研ぎ方など、家庭科で習った程度のことは知っていますしできましたが、食べるより眠りたい。とにかく休みたい。

それが、10年を超えると出来合いのものはさすがに飽きるのか、気が向く頻度が増え、今では必要な調味料がわりと常にある。
我ながら驚いたわ。笑





トラブルがあったから刺したという意味不明な店長が発生したり

他人が不快になるであろう事をわざとやったり。(しかし自分がされると怒るという不可解さ)
カンニングをする子に育てた、または、そこまで子を追い詰めていたのかもしれない親が訴訟を起こしたり

できないのではなく、やらない人に対して少し強めに言っただけでも
逆に、意を決して気を遣って伝えた言葉さえも
ハラスメントだ、不適切だと言われる世の中になりました。 

宮藤官九郎さん脚本の『不適切にもほどがある』
昭和生まれの私には刺さります。

たしかに昭和は、結構異常でした。笑
場合によっては、生徒を殴っても正座をさせても、長時間廊下に立たせても(のび太か。)良い。
タバコはどこでも吸い放題、ポイ捨てもたくさん。
今は絶滅危惧種であろう暴走族やヤンキーと言われる学生も、今とは比べ物にならないくらいいました。

けれど
「周りの手を借りて、赤の他人でさえ躾をし、皆で子を育てていた」
「子どもには、大人が、ちゃんと怖い存在で頼れる存在だった」
「必ず誰かしらのご近所さんが見てくれていた」
「ひとが温かかった」
「帰ると母親がお家で待っていてくれた」
「『これをしたら痛い』『これは危ない』と学ぶ経験がたくさんできた」
「社会が寛大だった」
「成長過程で『これは悪いことだ』と判断する機会を得られた」
時代でもある。

今は多様性と言われながら
何でも「危ないから」「怪我をするから」と最初から遠ざけて、経験すらさせない。
一億総活躍は未だ継続中で、家庭を守り子を傍で見守り育てたい女性にも仕事を強要している。
(授業にタブレットが必須。すると当然自宅Wi-Fiもほぼ強制。
共働きで両親が不在のためスマホもほぼ必須、、
子ども一人を育てることに、毎月大人並みの生活費が必要な世の中はどうかと思いません?笑)
躾がされていない子どもに他人が何か言おうものなら、子への注意より先に、他人に目くじらを立てる親。
被害妄が想強いのか肯定感が低すぎる故か、少しでも気に障る発言をすればすぐに「ハラスメントだ!」と騒ぐ異常性。
あることないこと尾鰭をつけて、またある時には、自分がされても羞恥で消えたくなるであろう姿を
平気でSNSにアップし、決して消えないデジタルタトゥーを残してまで憂さを晴らす恐ろしいほどの陰湿さ。

多様性と言う言葉の意味を履き違えて『何をしてもいい』という免罪符にしているのでは?
そう思わずにはいられません。

「わたしが嫌なこと(だけは)を認めろ」でなく
「あなたの好きなこと、感じ方、考え方も認めましょう」
これが多様性、自由、優しい世の中なのではないのかしらねぇ…




原田泰造さんが好きなので前クールドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
略して『おっパン』初回を見ました。
− それにしてもこのなんでも4文字に略す言葉、何なのでしょうね −

ゴリゴリのトップダウン・年功序列世代で生まれ育った令和の中間管理職。
気合と根性論でなんとかしてきた、、
いや。なんとかしなければならない時代を生き抜いてきた団塊ジュニア世代。
「父親とはこうあるべき」
「働くとは、こうであるべき」
男とは、女とは「こうであるべき」

べきべき思考で凝り固まり、柔軟性が足りず、妻にも娘にも不登校の息子にもまともに相手をしてもらえない。
会社では次長の職を得ているけれど、お家では愛犬にすら都合良く使われていました。


ある日、息子の部屋に妻の友人の子だというゲイが上がり込んだのを知り激怒しますが
このゲイの大地くんとの出会いで、おっさんの思考のアップデートが始まります。

アップデートが軌道に乗ってきたところで、かつての上司が戻り一波乱
という物語。


しかしこの昭和の上司
最初は全く時代に追いつけていない、アナログ老害上司でした。
「女がお茶を淹れろ」と当たり前のように命令し、「女のくせに」と平然と口にして見下していた。
(あーうちの会社みたい。大笑!)

しかしかつての部下に諭され、自身も変わろうとします。
最後には、老若関わらず刺さる言葉まで。

「生きていると思いがけないことが起こる。
いいことも悪いことも。
(うんうん、本当にそう…)

それをいくつも乗り越えるうちに、鈍感になる。
(あぁ…そうなのかもしれない…)
鈍感さは生きやすさでもあるが、感動も失くす。
(そうだよね………)

人生の醍醐味を味わいたいなら
自分に慣れないことだ。
慣れて、自分も周りの人間も雑に扱わないことだ。」


さすが昔の方はよく言った。
『亀の甲より年の功』

しかしただ年齢を重ねるだけでは、これには気付けないでしょう

たぶん、、
いつの間にか周りが変化し、それに伴い自らも変わろうとしたから気がつけたこと。




福寿草
蝋梅
菜の花
勿忘草
すずらん
スイートピー
チューリップ
カンパニュラ
寒さが和らぎ雪が溶けると、それまで土の中で眠っていた命が芽吹き、春になります。

そして春は、誰もが知っている国花、桜の季節でもある。
秋風に身を震わせ葉を落とし、長い雪の季節をひたすら静かに耐える。
日が長くなり日差しが暖かくなると、その光を敏感に捉えて目を覚まし、一気に咲き誇る。
我慢強く冬に耐え、潔く咲いて散る日本の花です。

3月に卒業という区切りがあり、4月には新たな生活が始まる入学や入社という行事が日本にはありますが
これはもしかしたら、桜の季節だからかもしれませんねぇ

寒さに耐え、暖かな日差しで美しく花開く…
受験も仕事も人生も、辛くても自分の可能性を信じて続け、必ず終わりがくる寒い夜、凍えそうな冬が明けたら、周りをも幸せにする桜のように力強く咲き誇れ、と。