隣の家に仕切りが出来たんだって?へぇ~、カッコイイ!
パソコンが治って戻って来たー!
さて、先日完成した玄海灘交通クッピー線用の新築物件、実は写真奥に見える茅葺きの茶庵の完成と前後して引き渡しもしてしまい、この鉄道完成以来、今までずっと空地のままであった住宅用地を埋める事が出来た。

茶室というか茶庵は、元々は水車小屋のプラモデルで、玄海灘交通には水車小屋は置けないので、建物そのものだけを少し改造の上、組立てた。

さて、あとはこの家を囲む塀と門だ。もちろん、写真の市販の買い置きを利用するが、門は瓦葺きとし、塀も茶色っぽいものにして、古風な感じにする。
また、アウディA8を所有している位のそこそこリッチな家なんだから、ガレージも作らねばならぬ・・・。

文字どおり、”へぇ~、カッコイイ!”と言われる塀と門で構えたいものだ。
今さら食ってどないすんねん?
簿記2級合格用のため、そして、ゆず胡椒風味というのに気を引かれて買ったこのチキンラーメンゆず胡椒付き。1週間前に試験が終わり、さらに合格発表も終わった今頃になって食っている有様!
現に試験当日前の1週間は、資格の大原の自習室で勉強しており、昼と夜はその周辺でめし食う事が多かったので ~今住んでる界隈には食堂などが殆どない~ 、このようなカップ麺のお世話になる必要などなかった。
試験開始時間は午後1時30分からだったが、試験中に眠くなったりするとヤバイので、昼は食べずに参戦した。
で、今頃になって食べてる次第。普通のチキンラーメンに”志望校はゆずれない!”と謳った、添付のゆず胡椒ペースト入れて混ぜるだけだが、特にそのテイストが強く感じられるワケではない。
けど、やっぱりチキンラーメンはおいしい!
”壊れたエンジン”で簿記2級合格
なぜこんなにかかったのか?と言えば、”忙しくて時間が取れなかったから”ではなく、単なる自身の怠慢。また、オレは勉強に対して、まったりとルーズにやる癖があるので、それも悪影響を及ぼしたのかも知れぬ。
この間、音楽サークルのセッションに2回も欠席せざるを得なくなったり、それどころかギターを弾けなかったり、行きたい所へ行けなかったりして、プチ我慢を強いられた。
後日の日記で述べるが、試験数日前にプチ悲しい出来事があって、それが試験に悪影響を及ぼすんではないか?と懸念していたが、模試では好成績を取っていたし、前々回前回と違って今回の試験はわりかしやさしく、試験中は問題解くのに必死だったんで、殆ど影響を及ぼさなかった。
というか、試験中のアタマん中には、出発前に気合い入れるため聴いた、ザ・モッズの”壊れたエンジン” が流れており、”解くんだ!解くんだ!”の思いであった。
そもそもこの資格取得しようと思ったのは、3級だけじゃぁ笑われるという風評を信じてたのと、担当税理士の先生の仰る事を理解せんが為であった。
資格取ったからと言って、俄かに役立つとは思えないが、自身への格付けが出来たような気がする。
やっとできまちた~!
設計図書いたのが1991年の夏だから、完成させるまでの間が、青年、中年、初老の三期に亘ってしまった。
今まで製作して来た家屋よりもやや小ぶりだが、多分もうこれで玄海灘交通用の大きな建物は作らないと思うんで、その分入母屋屋根にしたり、丸窓設けたりして、上品な感じにしている。
壁の色も、最初は無難なクリーム色もしくは白にしようと思うていたが、たまに見かけるグレー色の壁にした。
設計図書いた22年前とは違って、今ではプラスチック棒や板の各種サイズと形状の素材が豊富なんで、それらを惜しげもなく使用、また、以前建物や車両を作った際の余りパーツをも所々に使用している。
また、市販のプラ製屋根瓦は逆向きのモールドなので、新たに製作、結局この屋根瓦の製作に一番手こずった。
宅建でいう完成即引き渡しと行きたい所だが、コレに付随する小屋や塀などをも設置しなければならないので、それからとなろう。
今年は行かなかった
8年ぶりにやってきたザ・ローリング・ストーンズ、来日コンサートには必ず行っていたのだが、今回は3回のみでしかも東京のみでしか公演しないのが1つ、そして、簿記2級の受験勉強でゴタゴタしてたので、チケット買うのを忘れんこしてしまったので、今回は行けない!
「それは、あまりファンではないからじゃないのか?」と問われそうだが、いやいやそんな事はない、元カノからフラれ後に聴きまくり、自身のライフスタイル・特に鉄道趣味に間接的に多大な影響を与えたバンドであるからして、ファンでないわけがない!
こんなふうに、自身のレイアウトの看板にまでしてるくらいだから。
また、今年1月のWOWWOWにて、昨年夏に行われたロンドンでのコンサートを観ているので、今回はエエか?とも思うていた。
でも、また数年後には来日してくれへんかなぁ?
当時は未来のエネルギーだったんだな!
原子力の利用
「第3の火」とよばれる原子力は、おそろしい原子爆弾として開発されたものですが、こんにちでは原子力を平和に利用するみちが開け、発電や動力に用いるほか、アイソトープを産業や保険のうえに役だてています。やがて原子力時代をむかえることでしょう。(引用終わり)
で、原子力の船はもとより、肥料の検査や細菌殺しの為、食物に当てたり、茨城県にあるという放射線育種場のイラストが解説と共に描かれているが、当時(1970年頃)は放射線の危険性がまだ知られていなかったのかな?
今、ネットでちょこっと調べてみると、放射線育種場は未だにあるみたいだし、ココのイラストにある、がん治療や古美術品の鑑定等に使用されてる事は、現在でもよく知られている。
我々は知らず知らずのうちに、そして流されるままに、たくさんの原子力を利用して汚染されてるというワケね!
あな恐ろしや!










