試合終了後、ロッカールームで最後のミーティングが始まった。

顧問の先生から涙ながらで「よくやった。」の一言。言葉は少ないが心に響く。入学当初のヤンキーの集まりで弱小野球部がここまでやれるなんて自分でも思わなかった。周りの部員・後輩も皆涙を流していた。

しかし、自分は涙が出なかった。たしかに、あともう一歩。悔しい・・の気持ちはある。でも、それ以上になにかやりきったという充実感というか・・悔いがないというのが素直な気持ちだった。

今まで、めんどくがりで、なにもかも中途半端で終わっていた自分が始めてなにかやり遂げた瞬間でもあったからかも知れない。


その日、家に帰り、疲労と開放感で夕方から朝まで熟睡。

次の日の朝、朝刊には優勝チームの記事が大きく掲載されていた。その端っこのほうで大会の総評が載っていて、「今年の台風の目」の一文字。自分達が勝つにつれ、来る取材陣に口にしていた言葉。

正直、うれしかった。自分達のチームが過去公式戦5年間無勝で、ヤンキー集団の弱小チームで周りから相手にしてもらえないようなチームだったのに・・


その年、高校の30周年記念式典があり、自分達の快進撃にOBから数多くの言葉、祝電を戴いた。

やはり卒業して何年経っても自分の高校は気になるもの。今の自分もそうだが、OBもきちんと自分達を見ていてくれていた。


進路相談になり、入学時10位以内の成績も野球に遊びにで成績はもちろんがた落ち(笑)。警察官になりたいといっても、「大人しく就職しろ」の始末。その時、決勝を見ていてくれた会社からのスカウトがあり、草野球ではあるが、地元は草野球のレベルはそこそこ高く、その会社もA級リーグに所属するようなチーム。会社もそれなりの優良企業。スカウトといえ、簡単に採用はしてもらえず、筆記試験を受験。入社希望は40人に対し採用枠は男女4人。一次試験で、10人に絞られ、2次試験で面接となっていた。

なんとか、採用が決まる。後に人事担当者の話を聞くと、合格者の4人中、学力は低いが面接はトップだったらしい。ここで、スカウトの強みが出た(笑)。

地区代表決定戦第3試合、午後1時30分試合は開始される。この日は6月にしてはめづらしく蒸し暑い日だった。


集合のサイレン。技術で劣る自分達は、せめてものダッシュで負けまいと勢いよく駆け出す。相手は好投手。簡単には打ち崩せない。無理に引っ張らないでセンターからライト方向へ打つ。そして、勝負は相手の疲れだす後半戦。これが自分達の作戦であった。


自分達は先行。試合開始のサイレンが鳴り響く。やはり舞い上がっているのかバッターは意識はしながらも相手の投球術から引っ張ってしまい、内野ゴロ、三振。あっという間に1回表が終了。流れが悪い。

ウラの守備、なんとかこちらも交わしながら3者凡退。次は先頭バッターは、自分。冷静に行こうと深呼吸。自分は左打ちの為、狙いはセンターからレフト方向。しかし、引っ掛けてしまう。しかし、遊撃手横のボテボテ。内野安打になる。格好はよくないがヒットはヒット。しかも先頭バッター。次のバッターは手堅くバント。1死2塁のチャンス。しかし、後続が倒れてチェンジ。簡単にはいかない。


その後、回を重ねて4回2死。自分の打順。相性が良かったのかこの打席も、レフト前ヒット。今度はクリーンヒット。しかし、この回も先制点は取れない。5回に入り、逆に先制点を取られる。痛い。


その後も追加点を許し、逆に後半戦で点差を離される。非常に厳しい展開。しかも、ヒットは自分の2安打に抑え込まれている。7回の自分の打席。相手も2安打を打たれてるだけに力が入っている。内角をえぐる様にスライダーを多投してくる。そこをついて打ったのものライトフライ。さすがに3安打とはならなかった。


そのまま最終回。最後にあがこうと奮闘してみたものの三者凡退。試合は5-0で負けてしまう。この瞬間、自分の夏は終わった。

とうとう地区代表決定戦の日を迎える。朝の朝刊を見ると地方欄に大きく自分達の高校の名前も大きく掲載されている。今までの快進撃が夢のようでまるで実感が沸かない。


さすがに、誰もがここまで勝ち上がるとは思ってもいないだろうし、たしかに、1,2試合はうまくいけば勝ち上がれる自信はあったが、まさか地区代表決定戦までいけると自分自身も想像していなかった。


この地区からは3チームが北北海道予選に出場できる。ほぼ毎年この3チームの中から北北海道代表として甲子園に出場している。

自分たちはCブロック決勝第3試合。相手は今大会ナンバー1の右腕投手を率いる守り中心のチーム。いくら打撃好調だった自分達でも簡単には打ち崩せない。


休日だったこともあり、球場内は内野席がほぼ満席。各高校も全校応援である。先に代表決定を決めたAブロック代表には中学時代共に汗を流した仲間がいた。「先に待っている。絶対勝てよ」の一言。

やはり共に戦った仲間の言葉は非常にうれしかった。弱小チームの快進撃はやはり話題性があるのか中学時代の野球をやっていなかった他校の仲間からも、球場上から応援してもらえた。


球場内は異様な盛り上がり。もちろん場慣れしていない自分達は舞い上がる。もちろん自分の高校も全校応援。応援部隊も慣れてないせいか、ブラスバンドもへたくそ(笑)。しまいになにを思ったのか当時優勝していたヤクルトのマネで青いビニール傘まで出てくる始末。内心あれは笑ってしまった(もちろんその日は快晴)。


ブルペンで投げていると鉄格子越しに外から見えるようになっていて、中は少し薄暗いせいと反響でバシーンといい音が出るため周りからは球が速く見えるみたいで「すご~い。かっこいい~」の一言でニヤリ。力が入り投げ込んでしまう。しかし、自分でも舞い上がっているのがよくわかる。集中できていない。自分は決して速球投手ではなく交わしながら変化球で打ち取るタイプだと自分でも解っているからだ。

とうとう夏の地区予選が始まる。自分にとって最後の高校野球大会である。

大会の抽選でなかなかいい組み合わせになる。初戦の相手は格下。もちろん1年の時のチーム状態では同等、もしかしたら負けるような相手である。しかし、自分達は格段にレベルアップしている。負ける気がしない。


そのことを先生も察したのか、自分達を引き締める。「初戦は5回コールドで終わらせろ。投手は四球1つでも出した時点で交代させる」高校野球は油断が一番の大敵であるからだ。


打撃陣は好調、順調に点を重ね5回までに12点の猛打。コールドは目の前。しかし、自分は5回1死のところで四球を出してしまう。交代を告げられる。悔しい一言だった。しかし、勝利は勝利。自分達の高校5年ぶりの公式戦勝利を飾る。


やはり高校生の勢いというか、次の試合も波にのり、順調に勝利する。学校19年前の決勝進出以来の2勝を飾る。学校も慣れないことに話題は持ちきり、取材陣までくる始末。


翌朝のスポーツ紙の朝刊の地方欄には、「台風の目」が大きく飾りだす。


3回戦、同じ公立校ではあるが格上。相手も今までの自分達の戦績からいって、油断はしていたはず。負けるはずはないと。やはり勢いというものは怖い。序盤は相手も油断して余裕をみせている。しかし、劣勢。点差も同点であり、相手も徐々に焦りだし、早打ちが目立ちはじめた。交わす自分の投球にまんまと術中にはまっている。とうとう8回逆転に成功。そのまま勝利し3勝目を飾る。



秋の新人戦が始まる。実質的には自分達の代が中心として試合を臨む初めての公式戦である。

この公式戦より、正式な背番号1をつけての試合。自分が高校に入って今まで5回コールドを繰り返していたが、その初戦で延長11回の接戦になった。自分も投手としての始めての公式戦での延長、また、球場の独特な雰囲気もあり、疲れも出始める。もちろん相手も同じこと。しかし、先頭バッターに手痛い2塁打を受ける。次のバッターに送りバントを決められ1アウトランナー3塁。一打サヨナラ負けのピンチである。

守りやすさ、スクイズを警戒することを選択。2人敬遠し、1アウト満塁。四球もワイルドピッチも許されない状況。

追い込まれる。望みはバッターの打ち損じのダブルプレー、もしくは三振を狙うのみ。しかし、甘く入ったボールを打たれてしまい、タッチアップ阻止体制であった前進守備の外野を抜かれてしまった。その時、自分は仲間に申し訳ないやら、自分の不甲斐なさにマウンドの上で始めて涙を流した。

その時、見た目は派手で注目を浴びやすく、カッコいいイメージの投手の孤独さ、責任の重さを初めて実感する。


その悔しさをバネに冬も更に増しての猛練習。うちの高校のイメージが変わったからか面白半分なのか、地元の小さい新聞ではあるが、取材を受け、特集を組んでくれた。その特集も「今年の台風の目」との記事。仲間との合言葉も今年の台風の目になって、地区を荒らそうと発奮する。


しかし、3年の選抜予選は、有名私立校相手に1回戦で敗退。高校生活公式戦1勝をまたしても逃す。あとは夏の最後の予選大会を残すのみとなった。