*「11.7.27 衆議院厚生労働委員会より 児玉龍彦参考人怒りの熱弁」と
「米国製エリートは本当にすごいのか?」に触発されて。
(twitteryより)
東大の学者にも科学者にもいろんなタイプがいるんだなと思った。「11.7.27 衆議院厚生労働委員会より 児玉龍彦参考人怒りの熱弁」Youtube動画は
http://t.co/zFG71VR 英語ができて世界と競争できればいいってもんじゃない。御用や日和見を信じたら命取りだよ。
日本型エリート考①
「米国製エリートは本当にすごいのか?」の著者佐々木紀彦氏曰く、日本には、エリートを選抜し、教育し、競争の中で鍛え抜くシステムがなく、リーダーの出現を天に任せているから継続的に良質なリーダーを生むことができない。その通りだが、日本にもエリートを選抜し競争させる組織
↓
日本型エリート考②
で台頭し一時代を築いた人物とその体制があった。織田信長とその政権だ。それはじつは、中世までの「重商主義~交易主義の移動民~転住民重視」の志向性を大航海時代の天下統一という時点で現代的に総括した志向性だった。だが徳川家康の築いた幕藩体制260年がその逆を行った。
↓
日本型エリート考③
佐々木氏曰く、自らは危険に身をさらさず、特権だけを享受しようとする"似非エリート"が幅を利かすようになってしまった。それは今に始まったことではなく江戸時代の武家支配と支配されたムラ社会を通じて日本人の血肉化してしまった「農本主義の定住民重視」の志向性の帰結だ。
↓
日本型エリート考④
日本のエリート論というと、モノカルチャー型のグローバリズムを前提に、英語が世界共通語として使われる低コンテクストの知を前提に欧米製エリートがいいと短絡される。しかし日本人の集団志向には、集団独創を知情意で導く日本型エリートが必要。信長の総括と実践に学ぶこと多。
↓
日本型エリート考⑤
私は、集団を身内で固定して独創する「家康志向」と、自由に活動する個人を集団に構成して独創する「信長志向」とする。前者一辺倒になると原子力村みたいなことになる。江戸町人文化の担い手たちや、維新の龍馬や勝海舟、戦後創業者たちは「信長志向」。いまの日本企業は一括採用
↓
日本型エリート考⑥
の生え抜き主義で正社員が派遣を差別したり事業部門間で縄張りがあり相互不干渉の「家康志向」一辺倒だ。だがバブル期までは部門横断や全社最適目指す企業家が求められ、中途採用や外部ブレイン活用が活発で社員も転職や独立や起業が多く「信長志向」「家康志向」合わせ技だった。
↓
日本型エリート考⑦
今日本は岐路に立ってる。官僚社会、企業社会、学校学問社会が「家康志向」一辺倒化により機械論化し、個人が砂粒のように孤立化して「空気全体主義」と「低コンテクストなグローバリズム」の中で機械部品化している。このまま行くか「信長志向」を現代的かつ国際的に再生するか。
↓
日本型エリート考⑧
世界に人気の日本のサブカルチャー、アキバ系にしろかわいい系にしろ、江戸町民文化の「信長志向」が現代的にかつ国際的に展開。自由に活動する個人を集団に構成して独創がジャンルを連携して展開。歌舞伎→浮世絵→和装お洒落、漫画アニメ→フィギュア・コスプレ→メイドカフェ。
↓
日本型エリート考⑨
ナデシコJAPANの活躍も「信長志向」。全日本チームはみんなそうだが、異なるチームで自由に活動する個人を集団に構成。ただ彼らには不遇な環境で女子サッカーを盛り上げようとしてきた志があった。海援隊のような志縁集団。みな知情意、心技体で頑張ってる。さてダメなのは?
↓
日本型エリート考⑩
「信長志向」なるネーミングから、カリスマ的なリーダーのようなロールモデルと誤解しないでほしい。たまたま信長が天下統一に向けて中世までの「重商主義~交易主義の移動民~転住民重視」の志向性を総括した集団志向を言う。当時同じ原理が一向一揆、自由都市堺にも働いていた。
↓
日本型エリート考⑪ 毎年同じ稲作作業を繰り返す集団の秩序や原理と、たとえば海難や海賊にも遭遇して航海し交易する集団の秩序や原理では真逆だ。後者は必要最低限の乗船者に限定され、持ち場役割での実力が評価され主張は対等に配慮される。命がけだから長幼の序や面子など論外。ナデシコも同じだ。