民主党の新政権になってから、以前の官僚主導の政権では絶対に採用されようのなかったアイデアを、ダメ元で党や業界を代表する企業の意見サイトに提案している。
せいぜい現政権が元気な内に、既出アイデア含めて提案しておくことにしたのだ。

たとえば本ブログでもすでに紹介した、介護就労者の不足や給料安に対応して「介護就労経験に応じて、老後の低料金介護施設への入居の優先権を与える」、およびそうした施設への入居に際して「半分介護側半分入居者側の相談役的役割を用意して誇りあるライフワークを全うしてもらう」といったアイデア。
これは、厚生と労働の「縦割り行政」を打破するものであり、旧省体制を温存していては決して採用できないものだった。

基本的に「縦割り」とは<モノ割り縦割り>であって、要は「すべてお金で解決しよう」というパラダイムにある
しかし典型的には、介護の仕事などのように、世の中の仕事には誇りとやり甲斐を持てるものが沢山あり、また社会はそうした仕事を活き活きとしてくれる人々によって下支えられている。
仕事への誇りと同時に、その仕事に一生を投じて報われる体制を構築しなければならない。
そのためには「お金以外の手立て」が絶対に事業や仕事の仕組みの骨格にならねばならない

以上のアイデアはそうした哲学に則っている。
「介護の仕事をしていては、給料が安くて体を壊し、心の面でも老後が心配でやってられない」
もしそれが私たちの現実であればあまりに皮肉であり、日本は情けない社会である。


さて、本題の長年のってきた「愛車のエンジンだけハイブリッドや電気自動車に転換する」サービスだ。
このアイデアの具体的な展開については説明するまでもないだろう。
介護就労のアイデアに比べて社会的意義が乏しいようだが、
決してそうではないことを以下説明していきたい。

クルマ好きの人や、愛着をもった古い物を大切にする人々ならば、そのニーズも実感しているに違いない。
ただこの手の生活感はこれまで女性が古着や小物などについて抱いて細々としたリサイクル話が多かった。男性の場合も、小物のアンティークの収集やヴィンテージ物の保存といった生活感、あるいは文化財の保護といった社会観で語られる話ばかりだった。ともに量的質的に限定されていて、産業構造を変えるような話とはならないでいる。
「愛車のエンジンだけハイブリッドや電気自動車に転換する」サービスについても、こうした従来パラダイムで捉えている限り、そんな「非生産的なこと」はメーカーはしないだろうし政府も後押ししないだろう、と考えられた。よって、こんなサービスをして欲しい!という声高な主張が出なかったのではないか。

このような経緯にある潜在ニーズを顕在化させて声高な主張を社会的に盛り上げるためには、新しいパラダイムを提示する哲学の提唱が必要になる。
この場合、哲学は「人々の感情生活を大切にするエコ化」だ。
「エコロジー(Ecology movement/Political ecology)」や「ロハス(Lifestyles Of Health And Sustainability) 」の哲学と重なるところ大だが、「個々人の感情生活を大切にする」というところがポイントだ。

「エコロジー」の運動には、「みんながやっているから、あなたもしましょう、私もやります」という、イデオロギー的な正義が潜んでいて、どこか全体主義的なニュアンスがある場合がある。
また「ロハス 」の流行には、目に見えてファッショナブルな感性に訴えるところが大きい。「スロー・フード」などお金と時間に余裕がない人々にはしたくてもできないライフスタイルを社会的に有意義と主張しておいて、そうした生活を万人ができるようにする地道な方策については語らないという偏りも指摘できない訳ではない。

ところが、「長年乗ってきた思い出のつまった愛車を見えがかりそのままに、新車に買い替えるコストでエンジンだけエコ化するという生活スタイル」は、傍目からは見ただけではそれと分からないし、誰もがすべしという押しつけがましさは皆無であり、特段の余裕の持ち主を前提としないことを目指す。
たまたま愛車へのこだわりがあった自分はしたエコ化であって、そうしたこだわりがない人は別段しないで構わない、という気ままさがある。
が、本人にとっては、愛車を廃車せずに済む訳で、家族同様の老犬や老猫を手術して飼い続けることができるくらいの幸せなのである。

私は、こうした「感情生活の機微」から説明しなければ、「愛車のエンジンだけハイブリッドや電気自動車に転換する」サービスの意義を説く哲学は分かってもらえないと思う。
だから、民主党やトヨタや本田の意見サイトにアイデアを投稿しただけで日の目をみることはない、とも思っている。


現実的には、たとえば「デザイン」というものを愛したりそれに関わる仕事に誇りを持っている人々、そうした人々が同じ価値観の人々に向けた雑誌や小売り店やeコマースサイトの関係者などが、この哲学を総意としてもり立てていくことが具現化の正否を握る鍵となる、と思う。

彼らは、時代の「デザイン」を代表するような様々な古い工業製品やそれに象徴される感性を愛して大切にする、さらにその素晴らしさを残したい伝えたい人々だからだ。
民主党にもトヨタ本田にも、そういう人々はいる訳で、彼ら個々人が立場を活かしつつ役割を超えた市民的なネットワーキングをする、そして「みんなでどうにかしようじゃないか」と動いてくれることを期待する。
別に日本国内の運動に限るつもりもない。
世界的なネットワーキングでグローバルな動きになっていけば、世界各国にいるクルマ好きにはさらにハッピーだ。

この動きが盛り上がれば、メーカーがエコやデザイン絡みの広報活動として実験的な取り組みをする所まではこぎ着けると思う。
もし「やろうじゃないか」というメーカーがあるなら、
私自身がまっさきに手を挙げて、20年乗っていてできるかぎり乗り続けるつもりの愛車(最期の生産年のBMW635csi 、走行距離11万キロ台で状態よし)をトヨタ製でもホンダ製でもハイブリッドエンジンにしてもらいたいと思う!!
私のような気持ちの古い愛車オーナーは地球上に五万といるから、必ずや世界中の話題となろう。


微々たる些末な一部のオタク向けの話と思われそうだが、そうではない。
「ガソリン自動車のエンジンのエコ転換サービス」は価格設定次第でかなりの市場規模になる。
世界が自動車販売不振の今、メーカーにとっても一考に値する事業なのだ。

クルマを作って売るだけがメーカーの事業ではない。
レンタカーや中古車販売もしている。
しかし全て、「新しいクルマの方がいい」ということが大前提であるパラダイムにある。
だから、メーカーは自社の誇りであるヴィンテージ・カーを企業博物館に飾ることはあっても、ユーザー個々人の古い愛車をエコ化するという発想を持てないできた。
そんなニーズは大してないと思ってきたし、そんなことをしても儲からないとも考えてきたのだろう。

しかし今や、日本のような高齢化社会において個々人の感情生活ニーズとして拡大しているし、鳩山新政権が打ち出した社会的な産業政策のニーズとしても拡大してきている。
周知のように、特に日本のクルマメーカーの場合、エンジンに差別化の優位性と利益の源泉が集中してきている。
そして、「お客さんが持ち込んだ他社製含むクルマのエンジンを自社製のエコ・エンジンに転換する」という事業の利益率は、クルマ全体を作って工場から消費地に輸送して販売する全体事業の利益率より高くなることは明白だ。
本事業を先行したメーカーは、本サービスを提供しない海外国内の他メーカーのクルマまでに対応すれば、メーカー1社当たりの市場規模も大きい。新車販売の落ち込みをカニバリ以上に補完することになる。

つまり、「お金」の面からの参入合理性は十分にあるし、
エコロジカルな哲学を実践するメーカーとしての企業価値を高めつつ、
自社のエコ・エンジン機構の高品質とそれによる社会貢献性を世界にアピールする「広報」の面からの意義も高い。


鳩山政権は、世界に向けて、2020(平成32)年までの日本の温室効果ガスを90年比で25%削減とする目標を打ち出した。
小沢鋭仁環境相はすでに就任会見で、二酸化炭素(CO2)の排出量などに応じて課税する「地球温暖化対策税」を4年以内に導入する方針を明らかにしている。
目標達成のためには、政策レベルのさまざまな方策を目白押しに打ち出して行く必要がある。

これまでは、古いエコロジカルでないクルマをただ廃棄する方向に向かってきたのだが、
「人々の感情生活を大切にするエコ化」の哲学に基づいて、
人々が愛着をもったクルマについてはエンジンをエコ化することで大切に使い続けるという選択肢も用意し促進すべき
と思う。
そうしないと、鳩山政権は、ただ新車を買い替えさせたい自動車業界の偏狭な「生産主義」との「政官業の癒着」を繰り返すことになってしまうからだ。

この辺りは、同じ哲学を共有する政治家の方々の思いと行動に掛かっていて、私には何をどう捉えてどうすれば良いかは正直分からない。
私としては、個人的な愛着のためのエンジンのエコ転換だから、住宅の太陽光発電のように補助金政策を求めるのは間違いだと思う。
やってほしいのは、クルマ・メーカーがエンジン転換事業に参入する上で障壁になりそうな規制を緩和するという政治的支援だ。

メーカーがやろうにも規制があってできないとか、規制をクリヤーするエンジン転換がとてもコスト高になってしまう、といったハードルを払いのけてほしいのだ。
あと、このサービスを利用する人々は、エコカーの新車を購入した場合と同じ車検の更新で済むようにすべきだろう。利用者の生涯コストも配慮してほしい。
どなたかクルマ好きの政治家の方の目に触れて、その方なりの思いと行動に期待するのみだ。


民主党やトヨタ本田の意見サイトには、私はこの文面をそのまま送るつもりだ。
他のアイデアもそうなのだが、アイデアごと送り先ごとに文章を作成している余裕がないのである。
基本的にブログ文章のコピーをそのまま送りつけている。
失礼なことではあるが、提案すべき社会性あるアイデアが他にも沢山あるのでご容赦いただきたい。