なんかさあ、どんどん自信なくなってくるよ。
自分の性格の悪いことは重々承知なんですけどね。
もっと大人しくしてようかなとは思うんですけどね。
いつの間にか口が滑ってるわけですよ。
そのたび、その瞬間、後悔するんだけど、とき既に遅し。
いろんな人を不快にさせてるんだろうなあ。
知られれば知られるほど嫌われる気がする。
いろんな人に。
そんなに偉くないんだよ、自分。
もっと愛嬌と謙虚さを持ったほうがいい。
なんかさあ、どんどん自信なくなってくるよ。
自分の性格の悪いことは重々承知なんですけどね。
もっと大人しくしてようかなとは思うんですけどね。
いつの間にか口が滑ってるわけですよ。
そのたび、その瞬間、後悔するんだけど、とき既に遅し。
いろんな人を不快にさせてるんだろうなあ。
知られれば知られるほど嫌われる気がする。
いろんな人に。
そんなに偉くないんだよ、自分。
もっと愛嬌と謙虚さを持ったほうがいい。
考えてみれば、最近朝のお店の雰囲気を忘れてた。
あえんとかシャッターズのときは、オープン前から準備してたけど、
えんに入ってからは、すでに営業始まってるときにいつも出勤してたから。
わりと好きなんだよね。
人の少ない、まだすかすかで空気の密度が薄い感じの朝のお店。
納品されたものとかがたまってたりすると、これから始まるなって感じがして
気分いいんだ。
眠かったけど、ランチもたまにはいいもんだ。
だれかさんの遅刻で余計な仕事が増えた上
当人の相変わらずの開き直った態度にかなり頭来たけど、
営業自体はやってみれば楽しくできるもんでした。
夜の仕込みたいに追われる感じはないし。
最近、ホールの人たちとも楽しくできるようになってきて
また仕事するのが面白くなった。
えんみたいに大きい店でやるのは初めてで最初はもっとこじんまりしたほうが
好きだなと思ったけど、一年経つ頃になってもまだ新たな楽しみがある今、
入って続けてきて良かったと思う。
この日常がなくなるなんて実感は今はないけど、確実に流れる時間には逆らえない。
なんだかんだいつも偉そうに振舞ってるけど、結局私も甘ったれの一人なんだろうな。
なにか芯があるように生きてるけど、やっぱりなあなあだ。
自分にとってのベスポジで楽しめてればそれでいい気がしちゃう。
甘ったれじゃなく生きてる人って、どんなふうな生き方なんだろ。
だけどさ、辛いこと我慢して深くいろんなこと考えて日々生活するのが
甘ったれじゃない生き方なら、私はいいや。
その時その時に一生懸命やることは必要だけど、
それも楽しめるかどうかがなにより重要な気もするし。
楽しめなきゃ状況は良くならない。
楽しむことが、なによりのモチベーションになるんじゃないかと思うんだけど。
時としてそれがなあなあに映ったり、いい加減に思えたりするわけ。
私は結局一番いいところを選んでやってるだけのように、
我ながら思ったりするわけ。
私みたいな、責任の所在がない生活をしているうちは、まだまだ未熟なのかな。
でも誰かに対する責任なんて、子供を持つとか、上に立って仕事をするとかしない限り
生まれない気もするけどね。
一人前の人間として生きるってのは、誰かの生を自分が少しでも預かるってことなのかな。
よくわからん。
だとしたら、世の中には半人前の甘ったればっかリってことになるけど、
それでいーんだか。
うーん、、、わからん。
・・・明日早いんだった。もういい時間だよ。寝なきゃ。
嘘みたいに思えるときがある。
ざわざわした中で薄暗い中、飲みながら誰かと話している
そんな風景や雰囲気が、身体の中に浸み込みながらも遠く離れたもののように
ざわめきだけが思い出される。
誰かの顔、誰かの声、誰かの話、そういうものがみんな嘘みたいに思える。
帰り道。
毎日通る静かな道を歩きながら、ついさっきまでの幻のような喧騒を思い出し
悲しくて孤独な自分を意識する。
一歩一歩足を進め家路に着く自分がまた頼りなくもろくなり
いつものように「私」の存在を疑う。
多分、そんなふうに悲しくて孤独で頼りない自分を意識することは
好きなんだと思う。
好きってのはなんか変かな。
でも少なくとも、この儚さを感じることが、生きる力になっている。
帰り道だけじゃなくて、大事な人と会っているそのとき、
深く静かに儚さを感じることもある。
大事な人が横にいることの儚さ、幸せ、悲しさ。
今21歳の私にとっての身近な世界のほとんどが遠くなってしまうだろう近い将来を思うと、
今日得た力を最大限の推進力にしようと思う。
否応なく消えていってしまう時間には、そうやって対抗するしかすべがないんだ。
昨日はのりちゃんと飲んだ。
9月から3ヶ月ちょっと、船旅に行くその前に、軽く送別会。
今までそんなに頻繁に会ってたわけじゃないけど、
しかも仲良くなって時間もあまり経ってないけど、
今となっては必要な存在。
波長が合うんだね。
でもどんなに波長が合っても選ぶ道とそのタイミングはそれぞれ。
昨日どんなに楽しくても、来週には海と陸。
その悲しさを受け入れて、尊重しあって生きていく。
今日はあえんのメンバーと飲んだ。
いつものね。
まっきー寺平さん内海さん浜本さん。
いつかきっと散っていく。
そんなことを何故かいつも感じる私は薄情者なのかな。
でもね、散っていくからこそ、今日会えることを大切にしたいんだよ。
最後に学校来たのっていつだっけー??
さっぱり記憶にないくらい久しぶりに来てみたけど、いざ来てみると
大して久しぶりな感じがしないのが不思議。いつもそうなんだよね。
たぶん、学校に思い入れがないからだと思う。
精神的にどっぷりつかってるところになかなか行けなくて久しぶりに顔出してみると
たとえ一週間ぶりでも、久しぶりだって感じる。
学校は、日常生活のうちには入ってるけど精神的に重要じゃないから。
ゼミは大事だけど、その思いは学校に対してじゃないし、
ゼミで得たきっかけを基に考えるのはたいてい別の場所だし。
電車乗りながら、とか、コーヒー飲んで一服しながら、とかね。
ほんと、昔から学校に執着心を持たない。
中高なんてほんとにどうでもよかったし。
行事に燃えた記憶なんて皆無。
強いて言えば、運動会の短距離走で走るのが楽しかったくらい。
でもあれ完全個人プレーだし・・・。
まあ、そんな思い入れのない場所になんでわざわざいるかって言うと、
そろそろ卒論に向けてまじめに頭を切り替えようかなと思って。
だがしかし。
まっったくはかどらない。
だめだね。こう、考えよう!って構えると全く集中できない。
あっちこっちに分散してっちゃうんだよ、考えが。
何か本読むとこから始めないと取っ掛かりが掴めない。
散々鈍った頭だから。夏で溶けました。
ってわけでほとんど進まないまま、そろそろ時間が・・・
何やってんだか。
ぶっちゃけ、予想通りの展開だけどね。はっはー。
今日から三連休。
じっくり考えようと思って取った休みも、いつの間にか全て予定が埋まり、
明日もあさっても、昼から夜まで、果ては朝まで遊んでるはず。
もうどうにでもなれーーーー!
斜に構えてるってよく言われるけど、実際私はそうで、
心の中で、いろいろと周りに起こることをバカにしてたり白けてみてたりしてる。
みんな、結局適当に浅はかに生きてるんだろうって思ってたりとか
何かを頑張りすぎることに常に空虚さを感じてたりとか。
でもそんな自分が一番浅はかで一番人の気持ちの分からない人間なんだろう。
人を信じようとしない、枯れた人間なんだろう。
だけど、誰かが一生懸命何かに向き合って出した答えに、
浅はかさとか意味のなさとか空しさなんてものは一切ないってことに
気づいたよ。
そして、みんなそうやって一生懸命に向き合わなきゃいけないことを抱えながら
生きてるんだってことにも気づいた。
人の気持ちは刻一刻と流れていくものだってことも受け入れられるようになった。
言葉にしにくい、自分に しか分からないラインが人それぞれにあるんだってことも
分かるようになって、その分寛容になった。
自分の物差しだけで人の気持ちは量れない。当たり前だけど。
でも難しいのは、実際人の気持ちを考えるとき、基準にできるのは
自分の物差しだけだってことだ。
それでしか、見当の付けようもない。
だからせめて、自分の物差しはたくさんのものに行き届くようにしときたい。
You can like the life you living
You can live the life you like
That's good, isn't it?
Grand, isn't it?
Great, isn't it?
Swell, isn't it?
Fun, isn't it?
But nothing stays
In fifty years or so
It's gonna change, you know
But, oh, it's heaven
Nowadays
いやー早起きしちゃったなあ、今日は。
なんと近頃まれに見る6時半起き。
なんでそんなに早く起きたか?
・・・・・じーちゃんのうがいが朝っぱらからうるさかったからですよ。
終戦60年記念の日の朝、うがいの音で目覚める私。
萎えるな。
でもおかげでまだこんな時間。
10時!朝の!!
ないなー最近。
今朝はいろいろ活動しちゃったよー既に。
ボニの散歩でしょ、掃除でしょ、朝ごはんゆっくり食べたし新聞も一通り読んだ。
一日って長いんだね。うん。
でも眠いよ。だって睡眠3時間半だし。
じーちゃん、頼むからもうちょっと静かにうがいしてくれい。
昨日、とざわっちゃんと横浜を歩いた。
みなとみらいの辺りは私にとっては特別な場所。
とざわっちゃんと歩くと、さらにその特別さが増す。
何度も一人で歩いてるし、別の人とも遊びに行ったけど、
昼間、海の風が吹くあの辺りをとざわっちゃんと歩くのは
ほかのどんなシチュエーションよりもしっくりくる。
心がこの上なく落ち着く。
この幸せな時間を、いつまでも大切にできたらと思う。
きっと、これから社会人になったら、ものを考える時間や
大事な人と過ごす時間や、刺激を受けるための時間が
どんどんなくなっていくんだろう。
今は全ての時間が私の幸せに結びついているけど、
そういう時期って人生の中のどのくらいを占めるものなんだろう、とか考えたりすると、
今何かを大切にするその思いを守り抜きたいと思う。
今私の周りに流れるこの幸せな時間を決して忘れたくないと思う。
私にとっての幸せは、全力で楽しみながら仲間を思い合える仕事をして、
ゆっくり流れる時間を持って、大事な人と美味しいもの食べて、話して、
行きたいところ見たいものをちゃんと経験できる場がある、そんな生活があることかな。
だから今は最高だ。
仕事は大好き。
誰よりも一緒に過ごす時間の長いみんなとくだらないことで笑いながら、責任もちゃんと果たせる。
今日も拓さんが言ってたけど、ほんとファミリーみたいなもんだ。
ものをきちっと(・・・いや、ぐちゃぐちゃとね)考える場も時間も持てる。
その集大成として卒論って機会も与えてもらってる。
会いたい友人とちゃんと会って飲んで話せる。一緒に散歩もできるしミュージカルも行ける。
ふらっと旅に出ることができる。
この目で見てこの身体で覚えることができる。
これ以上ないくらい私は恵まれてる。
そのことを改めて思い出すことができた今日この日に感謝。
またとざわっちゃんと一緒にみなとみらいを歩く日を迎えられたことに感謝。
映画で見たときから相当ハマってたんだよね。
曲もダンスもかっこよすぎる。
一人ひとりのキャラがかなり濃く主張しあってるけど、ぶつかりすぎず、
でも和をなさずに強烈に印象に残る。
なんつーか、全ての存在感がものすごく迫ってきて忘れられない。
だから、今回のミュージカルにも相当期待して行った。
なにせ本場ブロードウェイだし!
まじ良かったわ~。
映画は、かなり忠実に再現してるみたいだったけど、やっぱり舞台には舞台だからできる見せ方があって
そこを存分に楽しめた。
意外にもRoxieがかっこよくて、また違う印象だった。
映画では断然キャサリン・ゼタ・ジョーンズが勝ってたからなあ。
やっぱ、生でこういうのを見ると、受ける刺激が違う。
心に来る力の強さが圧倒的。
だから、私は定期的にミュージカルなり歌舞伎なり演劇なり演奏会なり
直に芸術に触れることを心がけたい。
美術品でも、やっぱり写真でなく実際そのものを見たときに
その作品が語りかけてくる量は半端じゃない。
見たその時に溢れ出てくる感情や言葉は、後から写真を見ても反復できるものじゃない。
鳥肌が立ったり、自然に笑顔になったり、作品を見て涙が出そうになったり。
そんな正直な身体の反応を大事にしながら、今後もたくさんのものを見たいと思う。