ダウントンアビーより
今回も2014年のフレンチ・ランジェリー展TOKYOの資料より、下着の歴史を辿ってい行きます。
第一次世界大戦中はガードルの一人勝ち時代です。1920 年代にはガードルはベルトに伸縮性のあるバンド がつき、お腹とお尻を平らに抑え、見事に女性たちを“ギャルソン・ルック”に変身させました。 女性たちは直線的なラインの、ゆったりとした丈の短いドレスを着るようになります。
1930年代になると、女性たちの洋服の丈が長くなり、ボディコンシャスなファッションが流行するようになります。より魅力的なボディファッションを創り出すためにガードルはなくてはならないものなっていきます。
(MAISON LEJABYが所蔵する1930年頃のオープンカップのバストサポーターと1939年頃のワイヤレスブラ CHANTELLE所蔵の1940年ころのハイウエストガードルと1930年代の妊婦ベルト)
前の記事「オーダーメードの職人が作った下着」でも紹介したガードル・ベルトはブラジャーとセットで着られるようになったのです。そのほとんどがリズ・シャルメル氏、シモーヌ・ペレール氏、ギャビィ氏(レジャビーの生みの親) といったコルセット職人によるオーダーメイドのものでした。
第二次世界大戦が終わると、フレンチ・ランジェリーの世界は大きく変わります。シモーヌ・ペレール やレジャビーといった既に確立していたブランドは工場生産を始め、シャンテル、バルバラやオーバドゥ といった製造技術を近代化させるだけの動きには賛同しなかったブランドもその名前をモダンなもの に変更しました。またアンプランテやルーといったブランドは同じ頃始まりました。これらのブランドが 全て女性にとってより魅力的なランジェリーを作り出そうと研究を重ねました。
◆イタリアでもラ・ぺルラが創業
一方、イタリアの高級ランジェリーメーカーのラ・ぺルラも1954年に創業者アダ・マゾッティのコルセット工房から、あの美しいランジェリーが創り出されました。
1960年代のラ・ぺルラのガードル
今パリの百貨店で人気のランジェリーブランドは、第2次世界大戦後に大量生産時代を迎え、大きく発展して、女性たちは、自由にランジェリーのお洒落を楽しんだのです。
*映画・ドラマの画像をありがたく使用させていただきました。



