前回に書いた複雑な9月16日が終わりました。
きょうは朝から脳ミソがてんぱって、
どうしたらいいんだろうと、顔は屍のようで、
そのくらい考えてしまい、
県美展がきょうまでだったし、
美しい作品を見てから闇の音楽を聴くことにしました。
FB友の林幸子さんに入場券をいただき、タダで鑑賞でき、
林さんの版画の作品「希望を」のお話を伺いました。
17回も刷って完成した作品「希望を」
写真ではよくわからないと思いますが、
とても手が込んでいます。
見る人もそれぞれに感じることが違うそうで、
私が話したことも初めて聞かれた感想のようでした。
カフェレストランでもご一緒し、いろいろお話を聞いていたら、
お互い感じていることは同じで、
人の感性は違うけど自分の目指すことをやること。
また、林さんの福岡のお友達が、
佐村河内さんの作品を熊本へ聴きに行くことを
きょうのFB投稿で知ったと話されて、
林さんも、お祭りの日にコンサート?と、
私と同じように思われていました。
![]()
そして、県劇へ着くと、もうビックリで、
ウソでしょ!! 扉から入った時点で落ち込みました。
早めに着き、ホールはまだ開場になっておらず、
入場を待つ人々の列が凄くて、
どうしてあんな恐ろしくなる音楽を聴きに来るの?
私の目指してきたものは間違っていたんだ!!
ひどく落ち込んでしまい、
どこからこんなに集まってきたのかと駐車場の
ナンバープレートを見に行きました。
熊本が多く、九州一円の地名、遠くは香川、
少し見ただけですが、県外から多く、
計画を立てた会社はさすがプロだと思いました。
きょうを過ぎたら九州ではしばらくないのです。
林さんとそんな話もしました。
中央の人たちは九州を一つに見ているところがある。
実際は熊本からだと福岡以外はどこへ行くにもややこしい。
九州の真ん中にあるようだけど、中央の人たちが
考えてるようなものでないと思うことは二人とも同じでした。
それなのに、来ていたのです。
コンサートホールは1810席に対して
入場者数は1080人と終わってから聞き、客席の6割。
主催の会社としてはご不満だったでしょう。
現代のクラシックでは世界的に上げられている作曲家。
生の演奏ではどの楽器でどのように弾かれているのか、
上から近く見える所に席を取りました。
佐村河内さんは金聖響さんを指名されたと知ったとき、
これも凄いことと思ったことがあります。
耳が聴こえないのに、彼だったらよくやってくれるだろうと
わかるのが不思議でたまりませんでした。
実際、きょうの演奏は良かったです。
他の指揮者とオケでのHIROSHIMAは聴いていなくても
良かったと言いきれます。
九州交響楽団もHIROSHIMSAは初めての演奏で、
よくがんばられたと思います。
パンフレットの中の写真、楽譜の山。
天才であることはわかりきっていることですので、
その先の話として、
人が集まるということは、会社のプロデュースも大きい。
しかし、当然のごとくプロデュースだけではなく、
コンサートの主を人はよく見ている。
極端な話で休符だらけの曲を演奏されたら、
今からどんな曲だろうと期待している聴衆は、
バカにされたような思いになるのが普通と思います。
現代のわけのわからない音楽を知ることがあったとき、
いったい誰がこんな道を作ったのか、
大学の教育の有り様も問われます。
佐村河内さんはそれをわかって大学には進まず、
その選択も天才であると思います。
この言葉の部分は、テレビ番組で使われた最後の音楽で、
私は生でこの部分を聴くことを大きな意義に感じて、
どう感じるか期待していました。
最後の金管楽器の一部や打楽器の大きさが効果を出し、
十分に感じることができました。
辻井伸行さんが、どうして一音もはずさないのだろう、
しばらくは誰もが思うことでした。
今は、佐村河内さんを知っている人なら、
どうして聴こえないのに交響曲を書けて、
HIROSHIMAを最後には感動させることができるのか、
単純に言えばそういうことになると思います。
![]()
天才だからという意味とは別に、
私の心地よい音楽とは正反対の音楽に人が集まり、
その列を見た瞬間に落ち込んだことに対し、
何時間も経ってから、やっと私なりに結論が出ました。
クラシック、クラシックと言う人たちは生活に余裕があり、
インテリが多い。
私の音楽を好んでくれる人は、インテリもいるけど、
クラシックでないの層の人たちが多い。
それがいいのだ!!と。その人口が多いのだから。
以前から思っていたことを再び思いました。
クラシックの人たちから軽く見られていると予感していることも。
あの本は文庫本になっていました
私は天才ではないし、佐村河内さんと比較しているような
ことを書いて、その点、おかしいと思うけれども、
私の音楽を好んで聴いてくれる人がいることを
忘れてはならない。
林さんの版画「希望を」をきょう見るようになっていたのも
意味があったように思います。
やっと気持ちも少し変わってきて、さらに払拭させようと、
朝6時から始まったお祭りに、夕方から行き、
あのコンサートに行かないような人たちのお祭りを見て、
これでいいのだと複雑な一日を終えることができました。






