CDF -27ページ目

デービット

この人は、何をやりたいのか・・・


▼以下、ニュース記事より

イタリア1部リーグ(セリエA)、ACミランに1月から2カ月間の期限付きで加入するイングランド代表MFデービッド・ベッカムの入団会見が20日、イタリア・ミラノで行われた。「ベストを尽くしたい」と抱負

59歳の現役投手

3番/山崎37歳、まだまだひよっ子です。。。


▼以下、どこぞのニュース記事から

元ロッテの村田兆治投手(59=日刊スポーツ評論家)が、約2年ぶりに140キロ台球を復活させた。名古屋戦の6回、東京の6番手で登板した同投手は、14球目に141キロを計測。140キロ球も6球記録するなど、リーグ戦初開催の千葉マリンのファンを沸かせた。試合は名古屋が6-2で東京を下し今季初勝利を挙げた。
 「マサカリ兆治」こと東京村田の140キロ剛球が2シーズンぶりに復活した。昨季は最速139キロで、6季続けてきた140キロ投球がストップ。限界説? もささやかれた。11月に59歳の誕生日を迎えたばかりで今季初登板。千葉マリンでのマスターズリーグ開催は初とあって1万7800人の観客が詰めかけた。村田の現役時代の本拠地は川崎球場で、新本拠地で投げるのは初めて。村田は「お客さんがいっぱい来てくれてうれしかった。調子が良かったのでスピードにこだわった」と意気込んだ。
 6回1死二塁で川又に140キロ球を連発すると、山田への3球目に141キロを計測。07年1月以来、約2年ぶりの大台超えだった。3安打2失点で敗戦投手となったが、26球のうち140キロ台球が7球も。還暦(60歳)間近で衰えない体力は離島行脚のたまものだ。
 今夏は伊豆大島で離島の中学生の全国大会を開催した。来年はこの大会に国土交通大臣杯の「冠」がつく。村田は「夢と希望を与え続けたい」と話した。

来年の活動

来年の活動の一つとして、フットサル大会に登録しました。

サッカーとは違うけれど、楽しんで出来ればいいなと

思う今日この頃です。

12月6日

12月6日 快晴の中、3チーム集まって東電砂町のグランドで試合を開催。

しかし、残念ながら11人集まらず・・・

他のチームから助っ人をお借りしたりして、和気あいあいと15分×7本

試合をすることが出来ました。

1試合目から4本目ぐらいまではチグハグな感じだったけど、

最後の方にパスが回りだしてきました。それでも、得点できたのは

7本目の1点だけ(一輝くん)。失点は、6点ぐらいでしょうか・・・

相手2チームともきちんとサッカーしてたのが少し羨ましかった。。

やっぱり、きちんと練習したりしてるんだと思う。同じオヤジでも、

ちょっとした差が凄く大きいと思った今日この頃です。。

祝! モンテディオ山形 J1昇格

来年、J1で活躍してほしいと思う今日この頃です。


▼以下、ニュースの記事

Jリーグ2部(J2)第44節(30日、ニンスタほか)モンテディオ山形は愛媛FCに3-2で勝利。12月6日に行われる最終戦を残し悲願のJ1に自動昇格する2位が決まった。3位のベガルタ仙台はサガン鳥栖に1-4に敗れ、入れ替わり戦にまわる3位を確定することができなかった。29日に行われた4位のC大阪がザスパ草津に勝利しているため、3位仙台と4位C大阪との勝ち点差が僅か「1」と接近。

11月22日の試合結果

寒さが厳しくなった11月の試合。
試合開始数時間前まで人数が揃わない心配してたけど、気がついたら
18人も集まり盛り上がりました。

毎月恒例となってる、CDF、パパ様、40's様の3チームが参加で、15分ハーフ×4本
勝負になりました。

1本目 CDF 1-0 パパ様
CLUB de FOOT
瀬川
助っ人/鈴木原田
市川
澤田
助っ人/だいき渡辺
安藤 山崎
島倉

立ち上がりから数分間はパスが回ってるかなぁと思ったけど、縦、縦、縦と
単純な攻め、中盤に大きなスペースを作ってしまうバラツキ、そして、
落ち着きのなさが目立った。
終了間際に助っ人/鈴木選手(エフシーエイエヌ所属)のシュートでなんとか
リードできたものの、どうやって修正していいか課題が残った15分でした。


2本目 cdf 0-1 40's
CLUB de FOOT
瀬川
助っ人/鈴木斎藤
助っ人/よしき
澤田
助っ人/こうき渡辺
藤巻 安藤
島倉

40's様との試合でしたが、平均年齢がかなりお若いような気が・・・
相手に振り回されるシーンが多かったけど、GK島倉の好セーブが何本もあり、
なんとか1点に抑えることが出来ました。1本目の影響なのか、真ん中に
寄りすぎる感じがした2本目でした。
しかし、負けて終わるって久し振りなのかこの前もそうだったのか。。
やはり残念である。


3本目 CDF 3-0 パパ様
CLUB de FOOT
瀬川
斎藤助っ人/高橋
助っ人/並木助っ人/鈴木
澤田
助っ人/こうき助っ人/小室
助っ人/だいき 藤巻
島倉

メンバーの半分を助っ人で固めた3本目。そして、3得点・・・
メンバーとしては、ちょっと複雑な気持ちである。。。
前線で献身的な動きをしてきた瀬川の待望の初得点!待ちにまった
得点をあげて、メンバー一同非常に喜びました。それに続くように、
斎藤、藤巻の得点。斎藤選手は、来れば得点をあげてくれる有力な
ウイングです。藤巻の得点は・・・、俺、トイレに行ってた。。。


4本目 CDF 1-1 40's
CLUB de FOOT
市川
助っ人/高橋助っ人/高橋
藤巻 澤田
助っ人/こうき渡辺
安藤 山崎
島倉

昨年、東電グランドで試して、〝サイドに負担がかかる〟という理由で
その後使わなかった4-2-3-1。前期末の試合で、藤巻が澤田と並び
気味になったときに雰囲気が良かったので、今期また復活させたいと
思っていて、今回、4本目にしてやっと試すことが出来ました。サイドが
狭いグランドだから参考にならなかったけど、来月6日に行われる
東電グランドでの試合に向けてどうしても試したかったので、今回
試すことができて良かったです。
2本目で押され気味だった40's様相手に、今度はなんとかという思いで
臨んだけど、やはり中盤では負けてたような気がしました。なんとなく
チグハグな、まとまらない、そんな試合展開だったけど、終了間際に
助っ人/高橋が角度のないところから決めてくれてなんとか
勝つことが出来ました。


落ち着きがない、まとまらない、動きが固い、バランスが悪い・・・
欲求不満が残る試合だったけど、助っ人様の活躍によりなんとか
通算5-1で終わることが出来ました。6日の試合では、悪いところが
なく、いい時の状態に戻るような試合をしたいと思った今日この頃です。
そのために、ちゃんと練習しないと・・・

高校選手権 東京都A代表

高校選手権代表が決まった。

22番/SHIGE林監督の教え子がいる国学院久我山が代表に。

なんとも素晴らしい。


昨年の正月は一緒に初蹴りをしたその教え子君も、今年は

東京都代表としてきっと活躍してくれると願っております。

レフティ

名波、ついに引退・・・

また、名選手が去ってしまった。。

本物の「レフティ」だったのに残念。。


▼以下ニュースの記事より

磐田の元日本代表MF名波浩(35)が今季限りで現役を引退することが12日、分かった。既にクラブ首脳との会談で引退の意向を伝えており、13日にも正式発表される。名波は来季のコーチ就任は固辞したが、将来の磐田監督就任を希望。解説者などピッチ外での“修業”後、数年後に指導者として戻って来ることになりそうだ。

 日本代表の「背番号10」を背負った名レフティーが、ついにユニホームを脱ぐことになった。「(年俸)ゼロ提示を受けず、自分の意思で引退できることは幸せなこと」。名波はクラブや親しい関係者に対し、そう気持ちを伝えたという。

 名波は95年に磐田入りし、同年5月6日のコスタリカ戦で日本代表デビュー。97年に磐田のJ1初優勝に貢献すると、99年にはセリエAのベネチアに期限付き移籍した。日本代表でも98年W杯フランス大会で全3試合に出場し、00年アジア杯ではMVPに輝いた。01年に右ひざ半月板を手術して代表からは遠ざかったが、左足からの精度の高いパスはまさに職人芸。高い戦術眼と巧みなゲームコントロールでサポーターを魅了し、チーム内では兄貴分のような存在として慕われていた。

 手術した右ひざの影響もあり、本来ならもっと早く引退するつもりだった。06年に磐田で出番が減り、C大阪へ期限付き移籍。しかし、東京で闘病中だった母・祥江(よしえ)さんにもう一度プレーを見てもらうため、同年オフに当時J2の東京Vに期限付き移籍した。直後の07年1月に祥江さんは64歳で亡くなったが、今季は低迷する磐田から「かつてのサッカーをよみがえらせるために手助けしてほしい」と要請を受け、現役続行を決意して古巣に復帰した。

 他クラブ移籍の際はいずれも期限付きだったように、磐田にとって名波は幹部候補生。来季のコーチ就任は断ったが、名波も「40歳過ぎぐらいに監督になりたい」と語っており、指導者として磐田に戻ることが濃厚だ。チームのJ1残留と天皇杯制覇に力を尽くすことが、現役最後の仕事となる。

オグシオ コンビ解消??

このブログの華だったオグシオがコンビ解消・・・





バトミントンの北京五輪女子ダブルス8強の小椋久美子、潮田玲子組(三洋電機)が11日、都内で記者会見に臨み、コンビ解消を発表した。

 会見では、銭谷欽治・日本バドミントン協会選手強化本部長が、「小椋久美子、潮田玲子選手は、次のステップに進むため、ペアを解消します」と、2人のコンビ解消を宣言。前日に現役続行を表明していた潮田は、「(2人の)目標が変わってしまった」ことを理由に挙げた。小椋・潮田組で臨む個人戦は、全日本総合選手権(11~16日、代々木第二体育館)が最後となる。日本リーグなど、今年度の所属チームでの団体戦ではペア結成の可能性もあるが、以降は新たなパートナーとともに試合に臨む。
 10代からペアを組む相手とのコンビ解消で、「寂しい」と口をそろえた2人。それでも、「決めたからには前を向いて頑張る」(潮田)、「これからはお互いが刺激し合って、高めあっていけたらいい」(小椋)と、時折顔を見合わせて、今後への意欲を語った。

若者 W杯出場できず

若い世代は強い日本だったけど、もう限界か・・・


▼以下ニュース記事より

日本が、世界切符を逃した。1次リーグA組1位の日本は、同B組2位の韓国に力の差を見せつけられて完敗。J2横浜FCのFWチョ・ヨンチョル(19)に1得点1アシストを許して0-3で敗れ、来年10月のU-20W杯(エジプト)出場権も奪われた。日本がW杯出場を逃すのは、93年大会以来8大会ぶり。この世代で臨む12年ロンドン五輪に向けて、あまりに痛い黒星となった。
 何もできなかった。圧倒的な力の差。前半21分にチョの絶妙クロスでMFユ・ジノに先制を許すと、その後も一方的に押された。後半からは初戦で負傷したFW柿谷を緊急投入したが、韓国の赤い壁を崩すことはできず。参加国中最多の1次リーグ10得点した攻撃陣も沈黙した。ほとんどシュートも打てないまま、終盤に連続でゴールを許し完敗した。
 最大の目標だったW杯出場権獲得。7大会連続で出ていた世界舞台への切符を8大会ぶりに逃した。「全体的に体の動きが重くて。選手に次の経験をさせてやれなかったのが残念」。牧内監督は力なく話した。
 この世代の対韓国通算成績は5勝8分け(PK戦も含む)24敗。この大会で11回優勝している韓国に対して、日本は準優勝6回で優勝はない。ワールドユースで準優勝した「黄金世代」でさえ、アジアユース決勝で韓国に敗れた。2年前にU-16アジア選手権で優勝した「新黄金世代」も負けた。MF水沼は79年ワールドユースで日本唯一の得点を決めた父貴史さん(48)に続く親子出場を目指したが、その夢もついえた。
 20歳で世界を経験できない損失は大きい。4年後、この世代は23歳以下で争う五輪を狙う。再び予選がある。韓国が立ちはだかる可能性もある。「悔しい。こんな思いは2度としたくない。必ず五輪に行って、世界と真剣勝負がしたい」。GK権田主将は、涙で言った。技術、スピード、精神力、すべての面で韓国に圧倒された日本。赤い壁は、あまりにも高かった。