琉球王国のグスクを巡る 2026年
5 北山(1)
昨日、一昨日は曇りで寒かったけど、今日は朝から晴れている。遠出をするにはもってこいの天気だ。今日は、北山に属する今帰仁城まで足を延ばそう。
今帰仁城のある本部半島まで行くなら、昨日も乗った沖縄自動車道経由のバス117系統でもよい。だが、名護経由で半島先端の渡久地港まで行く高速船もあって、所要時間、運賃ともほぼ同じだ。
ところが、さらに調べると那覇と鹿児島とを結ぶフェリーも本部港に寄港する。海上を直行するからか、所要時間は高速船と変わらず、運賃は安い。運行スケジュール上、現地での滞在時間が長くなるのも好都合だ。
というわけで、早朝の那覇港フェリーターミナルにやって来た。それなりに大きな建物ではあるが、何とも味がある。率直に言えば、古びている。設備と言えるものはトイレくらいしかなく、売店すらない。
現在のところ、このターミナルを発着するのは鹿児島便だけだから、投資がされなくても致し方ないのか。
窓口で乗船手続き。一番安いクラスの運賃は1990円だと思っていたが、妙に高い。切符をよく見るとBAF640円也が加算されている。これは何かと尋ねると、燃油サーチャージとのこと。それでも、同じ区間のバスとほぼ同額だ。というより、そうなるように設定しているのだろう。
那覇からの乗船客は20人程、中高年ばかりで圧倒的に男性が多い。長いタラップを上がって船内に入る。
今日の船はマリックスライン社のクイーン・コーラル・プラス。いくつかに分散した2等の大部屋は乗船地ごとに区画されていて、天井から札がぶら下がっている。
一昼夜をかけて航海する船だから、食堂が設けられている。しかし、那覇出航時の朝食と那覇到着時の夕食は営業しない。これほどお客が少なくては、営業しても採算が取れそうにない。
非営業時間にはテーブルを無料開放しているから、サロン的に使える利点がある。とは言え、楽しい船旅という雰囲気ではない。
那覇出航は7時ちょうど。狭い港内で回転して出航すると、すぐに三重城の地先を通過する。那覇港の防衛拠点として築かれた小さな城である。陸上から入ることもできるが、海上から眺めた方が全体を見渡せるようだ。
那覇港の防波堤を過ぎると、船が揺れ出した。北風が強いようだ。船室でウインドブレーカーを着ていても体が冷える。
食堂のテーブルに移って、朝食。ファミリーマートで購入したポー玉シリーズである。この後も何種類か食べることになるのだが、最初に食べたチキナー(高菜)が一番おいしかった。
よもぎムーチー(餅)には月桃の葉のパウダー入りだとある。本来は月桃の葉に包むものらしい。
食堂に隣接して案内所兼売店がある。だが、ここも開いているのは出航・寄港前後だの時間帯だけでしかない。もっとも開店していたところで、ラップに包んだおむすびくらいしか置いていないのだが。
出航後約1時間、昨日訪れた座喜味城に近い残波岬の沖合を通過。
そして、さらに1時間後、左に瀬底島を見ながら、本部港に入港した。
本部港の旅客待合室は、那覇港よりもはるかにきれいであった。売店もあり弁当を売っているので、昼食用に買っておく。
玄関を出ると、バス停が4種類、並んで立っていた。計画性皆無の日本の交通行政を象徴するかのような光景である。もちろん、この停留所にバスロケーション・システムなどは設けられてない。
本部半島を時計回りに循環する65番のバスに乗る。美ら海水族館のある海洋博公園を見ながら走る。公園の中心軸が伊江島の城山にまっすぐ伸びていることに気がつく。
今泊バス停で降り、今泊の集落を一周する。フクギに埋もれたかのような静かな村で、照壁のある家も残っている。
今帰仁城址へ続く遊歩道を進んで行くと、途中からハンタ道が分かれている。城まであと700メートルと標識に書いてあるのだが、意外ときつい上りである。
しかし、この道をたどってよかった。登った先にはミームングスクが待ち構えていたのだ。
このミームングスクは、今帰仁城の周囲に7つある出城のひとつで、最も原型を留めていると案内板に書いてある。それでも、今となっては20メートル四方ほどの石の山でしかない。崖の先端からは今帰仁城の石垣が少しだけ見えた。
もうひと踏ん張り歩くと、今帰仁城本体の入口に出た。いくつもある駐車場にはレンタカーや観光バスが停まり、既に満車となっているところも見られる。今までとは全く異質な世界だ。
入城する前に、城跡を俯瞰してみよう。そうした展望が得られるのが、クガ御嶽のあるアマミクヌムイだ。ムイとは森のことで、小さな山のこともいう。東北地方にも龍ヶ森などという山があるのと同じことだ。
アマミクヌムイへの登り口は、チケット売場や売店のある区画から一段下がった、新しい県道の向こう、第4駐車場の脇にある。
はじめはコンクリートが敷かれた道を行く。100メートルあまり進むと、拝所らしきところがあり、そこからは、張られたロープに頼らなければならないほどの急な登りになった。手袋と足元のしっかりした靴は必須である。
20分ほどもかけて登りきる。頂上はやはり風が強い。ウインドブレーカーも必須だ。
しかし、苦労して登るだけの価値はあった。
ブルーのリーフを背にした、うねるような石垣。城郭なるものは大体において高い所に造られるものだから、それを見下ろせること自体があまりない。しかも、この季節、城内には寒緋桜が淡い紅色に咲き誇っている。唯一無二の眺めだと思う。
視線を返せば、ここからも伊江島がよく見える。
レストハウスに戻り、本部港で買った弁当で昼食。めずらしく燻製の鴨肉が入っていた。
城への訪問者は韓国人や台湾人が多い。だが彼らは家族や小グループで来ていて、ふるまいも穏やかだ。むしろ日本人のほうが大人数の団体でぞろぞろ歩くので鬱陶しい。
1000円の入場券を自動販売機で買って入城。桜まつりとかで、臨時にもぎりのテントが張られている。ハンタ道からだとそのテントよりも内側に出るので、これではタダで入れてしまえそうに思う。
外郭には古宇利殿内という祠が復元されている。その名のとおり、古宇利島の人が参拝するのだという。
大手門にあたる平郎門をくぐる。この門には楣石があって、アーチ門ではない。
石垣は、昨日訪れた座喜味城のように精巧な積み方ではない。場所により仕上げの程度に多少の違いはあれども、すべて野面積みのようだ。
平郎門内にはまっすぐな石畳の通路が伸び、両側に寒緋桜が植わっていた。つい、花を見ながらこの通路を歩いてしまったが、本来の登城路は脇にある。後でそちらも通ろうと思っていたのに、失念したまま外に出てしまった。
次の郭からが今帰仁城の中核となる。
空と海のブルー、樹々と芝生のグリーン、その中を走るライトグレーの石垣、アクセントに花のうす紅色とたいへんに結構な眺めではある。
しかし、足元を見ればあまりに多いライトアップ用の機材、至る所で聞こえてくる「足元に十分ご注意ください」という放送。ルートも事実上一方向に固定されてしまっていて、自由に見る楽しみがない。
さいごは、新しく作られた階段を降り、搦手の志慶真門から出て、旧県道を歩いて戻ることになっている。こうした見学ルートになったのは、ごく最近だろう。
このあたりまで来ると気分もダレて、グループ客など大抵はおしゃべりに興じている。しかし、こちらから見える石垣の方が、過度に修復の手が入ることもなく遺跡らしい感じがする。






































