ほぼシベリア 東北カザフスタンを行く 2024年
18 オスケメン(4)
夜通し肩が痛くて、全然眠れなかった。洗面所で鏡を見ると、内出血で腕がどす黒くなっている。
眠れないので、さっさかベッドを離れて、朝日を拝む。今日も川霧が上がってきていて、独立広場の樹々も樹氷状になっている。
幸いなことに、アパートから徒歩数分の所に外科医院がある。朝8時から診察と、市場よりも早起きだ。しかし、民間病院だから治療費が高いかもしれない。東京の自宅経由で保険会社に連絡してから、10時ごろにアパートを出た。
それにしても、ライン電話なら通話料なしで電話がつながるとは、便利な時代になったものだ。少し郊外に行けば公立の大病院もあるけれども、いきなり診察してもらいに行くところではないだろう。
さて、カザフスタンの病院はいかなるところかと思いながら玄関を入る。小さめの総合病院といった規模で、受付カウンターや待合室の長イスなど、日本の病院と同じような雰囲気だ。
カウンターにいた若い女性に怪我の経過を伝えると「それでは、診察料8000テンゲ」と宣う。クレジットカードで支払うと、診察時間を書いた紙をくれて、診察室前で待たされる。
診察室には老医師がいて触診のあと、レントゲンを撮ると言う。すると、傍らのデスクに居た助手の小母さんが先ほどの受付へ連れて行ってくれ、レントゲン代4000テンゲを支払う。なるほど、全て前払いなら、健康保険がなくても取りっぱぐれなしというわけだ。
腰に放射線防止のエプロンを巻いてレントゲンを撮る。撮るのは肩だし、もう必要な年齢でもないと思う。
結局、診察結果は脱臼と骨折。診断書をくれて、レントゲン写真は私のスマートフォンで画面を撮影。ところが、ここでは診察だけで、処置は州の病院へ行くからと言われて、待合室へ。30分ほど待つと、何と救急隊が迎えに来た。ありがたいけど、別に動けないわけではないからタクシーでもいいのにと思ったが、この国に来てからタクシーを見かけた記憶がない。
救急車に揺られて、州病院へ。ビルがいくつも並んだ大病院である。しかし、救急入口には、意識の無い男性が運び込まれている。それで、自分は地区の病院に行くことになり、また救急車に乗って移動する。
先ほどの州病院も同じだったが、この地区病院も救急車で到着すると「トリアージ」書かれたホールに通される。熱や血圧、酸素濃度を測って、黄色のタグを渡された。
通っていた小学校を思い出させるような廊下を通って診察室へ。今夜から東京への帰途に就くと言ったら、Tシャツの上からギプスをぐるぐる巻きにしてしっかり固定してくれた。
この病院での支払いは不要だったので、治療費は合計4000円にしかならなかった。
病院の玄関を出ると、道の向こうがわには川があった。イルティシ川支流のウルビ川である。川の左岸を下流へと歩いてゆくと、やがてトラムも通るウルビ橋が見えてきた。橋を渡って「川向こう市場」(そういう名前だ)に行く。市場の前には歩道橋があって、上からはトラムの線路を見下ろすことができる。この街も工業都市であるから背景は工場の煙突などで、あまり美しくはない。歩道橋自体はしっかりしとした造りで、全体が囲われている上、階段の踊り場には売店すら設けられている。
もう14時を回っていておなかがすいているので何か食べようとの目論見で市場に来たのだが、表通りの人通りは多くても食べ物屋は見当たらない。
市場の通路に分け入って見ても衣料品や靴、生活雑貨の店ばかりで、食堂の類もない。食料品はせいぜい、サムサや魚の干物くらいしか売っていない。
これまでのところ、この街で野菜や果物、肉の類を売っているのを見かけたのはショッピングモールADK内のスーパーマーケットだけだった。オスケメン市民はいったいどこで食料を仕入れているのか、いぶかしく思う。
市場を一周したあと、敷地に沿った細長いショッピングセンターに入ったら、中2階のような位置にスタローバヤを見つけた。中途半端な時間だから他にお客の姿はなく、愛想よく迎えられてラグマンを食べる。カザフスタンにしては珍しく辛い味付けであった。
この建物が細長いのは、ウルビ川分流の旧河道に沿っているからかもしれない。地図を見ると、さらに下流部の流れが今でも河跡湖となって残っている。
今夜は夜行列車に乗り、アルマティ到着は明日の夜である。だから多少の食料は仕入れておきたい。そういえば、オスケメン1駅からの沿線は意外にも繁華な市街地で、大きなスーパーマーケットもあったように思う。早々にトラムに乗って移動することにした。
ところが、行先をよく確かめずに乗った電車は1系統のものだった。この線だと駅へは行けない。駅へ行く3系統は、市場の前から2つ目の停留所で左折し、1系統と4系統は直進する。運行本数は3系統の方が圧倒的に多いから、ポイントは左折が定位置になっているようだ。交差点の手前で運転手が鉄梃のようなものを持って降りると、分岐部の先端にこじ入れて進行方向を切り替えた。
次の停留所で降りて歩いて戻り、3系統の電車に乗り直す。もう空は真っ暗である。
5つほど停留所を過ぎた頃、進行左手に美しくライトアップされた建物が見えてきた。劇場のようである。劇場を取り囲んでいる建築にも照明が当てられている。ここでも途中下車して劇場を一周する。劇場の名前は「金属技術者の文化宮殿」とでも訳せようか。工業都市にふさわしい名前なのだろう。
3たび電車に乗って、スーパーマーケットを探す。しかし、休業日だったのか、既に閉店したのか、それらしい店は見つからないまま、オスケメン1駅の終点に着いてしまった。



























