忠清北道 地味な旅行記 2024年

6 徳周寺

  

 目が覚めると、雨の音がする。夜中から雨が降ったりやんだりしていた。今日はさらに奥地の徳周寺や弥勒寺址へ行く予定であるが、この天気ではどうなることか。さすがに今朝はクーラーをつけなくても涼しい。

 

 水安堡サイパン温泉ホテルで朝7時からロビーで朝食供されるはずである。ところが、30分を過ぎても何の準備も始まる気配がない。仕方がないので、壁のサーバーに入っているシリアルを甘いミルクコーヒーに浸して食べる。

 

 改めて窓の外を見ると雨が止んでいる。予定通りの行動に移るとしよう。

 バス停に行き、時刻表を覗き込んでいると、地元のおばさんがスマートフォンのアプリを開いて、もうすぐバスが来ると教えてくれた。

 

 8時5分発の206系統ハンスミョン・サムソ(寒水面事務所)行きに乗る。温泉街のはずれで工事中の鉄道をくぐる。大仰な構えの駅舎も見える。療養所があり、職員らしき若い女性が降りると、乗客は2人だけになってしまった。

 やがてバスは緑の深い山中に分け入る。とはいえ、人家も少しはあって、民泊やカフェといった看板の文字が見えた。弥勒里という集落を過ぎ、ソンゲ(松界)渓谷の沿いのトクジュコルでバスを降りる。ここはもう堤川市域であって、そのためかバスを降りるときにもICカードをタッチしなければならない。

 バス停の周りには意外にも食堂が何軒か集まっていた。これなら昼食場所に困ることはないだろう。

 

 

 

 

 支流に沿って坂道を上がる。スギョンデ(水鏡台)と地図にあるあたりでは、水が岩肌を舐めるように流れて行く。折からの雨で水かさが増しているから、なかなかの迫力である。ところが、一番景色の良いところには網が張ってあって、ワイヤーロープにはご丁寧にも「渓谷出入禁止」などという小旗まで付けられている。網は小さなもので、もし人が滑落したら全く役にたたないし、禁止の表示をするなら手前の柵にでもすればよいのにと思う。

 

 

 

 

 少し上流には徳周山城の東門と石垣が復元されていた。こんな山中で、本当にこれほどの門があったのかはわからない。日本語の説明文もあって「る」の字が「ゐ」と書かれていた。

 

 

 

 さらに進むと渓谷の反対側に石段があり、それを登るといきなり徳周寺の境内に出た。目の前に大雄宝殿がデンと構えている。山門もないのは意外だった。

 

 

 

 大雄宝殿の左手には梵字が刻まれた石碑があった。そして、その脇には3本の立石があり、男根石と札に書いてある。韓国のこうした民間信仰は、巫覡の類を別にすると解き明かされていない部分が多いように思う。

 

 

 さらに奥にもサンシンカクなるお堂がある。三柱の神様を祀っているのかと思ったら「山神」である。神様の後ろからのっそり顔を出しているのは虎であるらしい。

 

 

 大雄宝殿に戻ると、外壁に描かれた絵に目が留まった。頭に樹が生えた魚と、帆掛舟の老人の図である。老人の仕草は餌を投げ与えているようでもあり、遠方を指し示しているようでもある。波間には巨大な木魚も浮かんでいる。こちらは吃水が浅いので、木魚型のジェットフォイルみたいに見える。

 

 

 

 

 

 再び雨が降り出したので、大雄宝殿に退避する。堂内には毘盧遮那仏を中心にした三尊像が鎮座していた。

 この寺は、須弥壇上の結構がことのほか手が込んでいる。五彩の雲の中で青いヘビが絡み合い、そばには鶴まで飛んでいる。

 

 

 

 

 また、堂内の各所に描かれた天部像などはなかなか人間臭い顔をしていて見飽きない。

 

 

 三尊の背後にある回廊にも入れる。清州の龍華寺ではここが羅漢殿であったが、この寺では金色の小仏像がずらりと並んでいた。

 

 そんなものを見ていると僧侶が入って来て勤行を始めた。マイクを袈裟に装着して、アンプのスイッチを入れる。今日は、自分という参観者がいるけれども、普段は訪れる人もない中、一人でお経を上げているのだろう。このお経は抑揚が日本のものと似ていて、有難みが感じられた。

 

 

 

 雨がひときわ激しくなってきた。出歩けないので、お経を聞きながら境内を眺める。正面の森には霞がたなびき、幽玄な雰囲気を醸し出している。しかし、境内の広場は土がむき出しで、学校の校庭のように味気ない。

 だが、片隅には大きな立石がすっくと立っている。そういえば、徳周山城東門のそばにも立石があった。山中だけに、石に対する信仰がひときわ強いのだろうか。


 

 

 11時を回り、ようやく雨が弱まってきた。大雄宝殿を出て、奥へ進むと薬師殿と書かれたお堂があった。祀られているのは、不思議なバランスの石像である。薬師如来である証拠に、確かに薬壺らしきものを持っている。

 

 

 薬師堂の隣には観音殿があった。女性的なご本尊が雌雄の白ライオンを従えていた。

 

 実は、この徳周寺で最大の見どころは、マエブルという摩崖如来仏である。山道を1キロメートルほども登ったところにあるということで、この天気では行けるかどうかと危ぶんではいた。その大仏への登り口まで来ると、通行止のテープが縦横に渡されている。テープの劣化具合からして、昨日今日に通行止となったわけではなさそうだ。

 

 最後に、トイレを借りた。紙を必要な分だけ入口で取って個室に入る方式であった。しかし、掃除が行き届いていて気持ちがいい。しかも洗浄便座である上に、最近では滅多に見かけない温風乾燥機能がついていた。

 

<7 弥勒里 に続く>

<うさ鉄ブログ トップページ に戻る>