忠清北道 地味な旅行記 2024年

1 清州(1)

 

 行先はどこでもいいという条件で国際線の航空券を検索して値段の安い順に並べれば、当然ながら隣国である韓国の行先が先頭に並ぶ。その中でも筆頭にくるのがエアロK清州行きの便だった。

 エアロKなど聞いたことがない航空会社だし、清州空港にしても、そういえば済州島行きの便が飛んでいたかもしれない程度の認識しかなかった。しかし、エアロKは清州空港をベースにしている新興LCCだそうで、その清州空港からは中国や日本への国際線が飛んでいる。

 清州自体、忠清北道の道庁所在地とは言え小都市だと思い込んでいたのだが、人口は80万人以上もあるのだ。そこで、今回の旅行ではこの清州、そして道内第2の都市である忠州の郊外にある水安堡温泉に宿泊することにした。

 ところで、KOREAをひっくり返したAeroKという航空会社名、どうしてもアエロKと読みたくなってしまうのは私だけだろうか。

 

 成田空港の第3ターミナルからの出発。この航空会社、ウェブ・チェックインは未だ準備中である上に、空港にチェックイン機もないのでカウンターで手続きをせざるを得ない。

 しかし、カウンター手続きには良い点もあって、窓側、通路側の希望を聞いてくれた。これなら座席の事前指定など不要だ。そもそも公式ウェブサイトでは決済ができないので、Booking.comから予約したのである。

 LCCだからチェックインの列に並んでいるのはほとんどが若者である。手にしているパスポートを見るとほとんどが韓国人であった。

 

 さて、2時間半ほどの飛行は何事もなく過ぎて、RF322便は定刻15時30分ちょうどに清州空港のターミナルビル前で停止した。

 ガラス張りの搭乗橋を通ってガラス張りのターミナルビルに入る。きれいな空港で、垣間見た搭乗待合室もゆったりしているようだ。成田第3ターミナル国際線の搭乗待合室ときたら、後付けで降機客の通路を通すという無理な改造が祟って窮屈この上なかったので、余計にそう見えるのかもしれないけれど。

 入国審査場に行くと外国人用の列には誰も並んでいなかった。税関はフリーパスなので、到着ロビーに出たときはまだ15時40分にもなっていなかった。

 

 

 ロビーの真ん中にある忠清北道の案内所で、市内へのバスの時刻を尋ねる。毎度のことながら、観光客相手の場所に勤めている韓国の娘さんは、自然な仕草なのに大変に愛想がよい。

 清州は大都市でありながら軌道系交通機関が全くないし、その計画もない。基幹バス的なものはあるけれども、インターネット上でも時刻表が見つけられなかった。

 ところが、案内嬢がにこやかに差し出したのは紙に印刷した手帳サイズの時刻表であった。こういうものがあるならPDFでも空港のウェブサイトに載せておいてくれたらいいのにと思う。彼女は腕時計を見て、今行ったばかりと顔をしかめ、次の出発時刻にマルを付けてくれた。

 系統番号は747。この付け方はドーハの空港バスと同じ発想だ。この路線は空港と市内中心部を結びさらにKTXの駅まで行く。

 カウンターには市内バスの路線案内が大小2種類、山積みになっていた。小さい方をもらって、案内所を辞去する。

 

 ターミナルビル内には小さなコンビニエンスストアもあった。しかし、ここではT-MONEYへのチャージはできないと言われる。商品も市中の店よりかなり値段が高いようだ。T-MONEYの残額はまだ充分にあるし、飲み物は街なかの店まで我慢しよう。

 

 

 747のバスは、途中で渋滞に巻き込まれたものの30分ほどで中心部に近づいた。降りたのは「ムンファチェジョジャン」というバス停である。漢字で書けば文化製造廠となり、道の反対側にある国立現代美術館などが入った大きな建物を指すようだ。

 大きな交差点の向こうにはキリスト教会の塔が見えている。反りがついた瓦屋根の上に十字架が立つという独特のスタイルだ。

 

 バス停から3分ほど歩いて、予約したホテルの玄関前に立つ。自動ドアであるが鍵がかかっていて開かない。呼鈴を押しても、声をかけても反応がない。扉には、「人がいないときには電話しろ」とあって電話番号が書いてある。これは困った。韓国の宿泊施設には必ず人がいると思っていたので、特にSIMカードも買っていないから電話ができない。だいたい、韓国の路上で公衆電話など見たことがない。このあたり、街の中心からは外れているから、SIMカードを入れられるところなどあるのだろうか・・・

 と思いながらとりあえずバス通りに戻る。すると歩道上に水色に塗られた電話ボックスがあるではないか。100ウォン玉を入れてみると、戻ってきてしまうが、何度か試しているうちに電話がつながった!市内通話でも市外局番からかける必要があるようだ。

 実は、清州、忠州と回るうちに韓国の都市部には、電話ボックスが日本以上に残っているのに気がついたのだった。今までは見ていても見えていなかったのだろう。

 

 

 無事にチェックインを済ませ、部屋の冷蔵庫にあったミネラルウォーターを持って、街歩きに出かける。まず、目指したのは宿から1キロメートルほど歩いたところにある北部市場である。

 先ほど教会の塔を見た交差点から、バス通りと平行する裏道に入る。飲み屋が並んでいるけれども、この時間ではまだ人通りはほとんどない。裏道とはいえ通りの名は中央通りであって、南下すること約6キロメートルで清州最大のユッコリ総合市場に達する、この街のメインストリートなのである。

 通りに面してクスコというスーパーマーケットがあって、店頭にマクワウリが山積みになっている。少し長円形をした大きなスイカも丸ごと売っている。

 中央通りを行くと、飲食店の間に小さな寺がはさまっていた。門内を覗き込むと、玄関脇にはキムチの甕が並んでいる。このときは、こんなところに小さな寺があると思っただけであったが、この先、至る所でこうした零細な寺や庵を見ることになった。いったいどのような信仰に支えられているのだろうか。

 

 

 

 北部市場は100メートル四方ほどの区域に井の字型にアーケードを張り巡らせた商店街であった。入口にはなぜかベトナム語でも市場名が書かれていて「チョー・バック・ボー」と読める。しかし、どの通りも週末の夕方だというのに買い物客の姿はなく、半透明の天蓋から自然光が降り注いでいるにもかかわらず妙に薄暗い。ひと言でいえば、活気がない。一周しただけで早々に市場を離れて、スアム(寿岩)コルを目指すことにした。

 

 スアムコルとは街の東側、3本の鉄塔が建つ牛岩山(ウアムサン)の中腹にあるカフェなどが並ぶ一角である。人気ドラマのロケ地にもなってこの街随一の観光名所なのだそうだ。あまり行ってみたいという気になる場所ではないのだが、眺めは良さそうだし、おいしそうなケーキでもあれば食べてもいい。

 

 

 スアムコルへ上がる坂の下には表忠祠なる施設があった。1731年に建立され、3人の愛国者を祀ってあるそうだ。

 

 坂道は表忠祠の背後に見えていたビルの敷地内階段に続く。しかし、気取ったブティックでも展開していたと思しきこの建物は廃墟であった。公道に出て先へ進むと左右にはいかにもとってつけた風のカフェが並んではいる。だが、訪れる人もほとんどないようで、見晴らしのよさそうなテラス席にもお客の姿は見えない。それどころか、通りに面して看板やメニューなどが出ているわけではないから、営業しているのかいないのかさえ定かではない。

 

 

 ときおり建物が途切れて清州市街の展望が開ける。中央路のあたりにツインタワーがあり、これが街の中心を示すランドマークとなっている。中景は、大小の建築がごちゃごちゃと建ち並び、日本の都市と同じような風景だ。遠方には高層アパートのマッスが立ち上がり、これは韓国らしい眺めである。

 通りの先は線路の枕木のような部材を並べた階段に続いていた。その階段を上がった先が三一公園である。地図を見ると山の稜線が市街地に突き出した先端にあり、好展望を期待して来たのだが樹木に遮られて眺望は効かない。公園自体も政治的な意図が強すぎて、くつろげるような雰囲気ではない。

 

 

 

 三一公園から引き返し、階段は降りずに等高線に沿った車道を行く。歩道部分は大きな桜の樹の陰になっているから、心なしか涼しい。先ほど歩いた道が一段下に見える。スアムコルの中心にあたる場所に行くと展望台が作られていた。目の前にカフェのテラスが立ち上がっているけれども、ガラス張りのビル全体に廃墟感が漂っている。

 

 

 

 

 

 さらに道を先に進むと、急坂の上に寺があった。坂下からも建物が見えていた、観音寺である。参道の入口を守っているのは猿なのか。本堂である極楽宝殿の階段下には象の像が左右に置かれている。

 

 

 

 

 

 その極楽宝殿のご本尊にはスイカが丸ごと備えられていた。これも、少し長円形のスイカである。本堂の壁には「一切有主無主 先亡父母 各列位霊駕」とあって若くして亡くなった人の写真が置かれてあった。

 

 

 

 観音寺から清州大学の裏手を回り、街なかに戻ってきた。陽の長い季節なので、もう少し歩こう。交差点から見た瓦屋根鐘楼の教会へ行ってみる。近くにあるゴルフ練習場を目印にして行けばよい。

 その教会は小高い丘の上に建っていた。鐘楼だけでなく、聖堂全体が赤レンガに黒瓦の屋根を載せている。「天主教会 聖家聖堂」と書かれた玄関を入ると、祭壇背後の装飾が障子を思わせる。おばあさんの信者が前の方で祈っていた。

 

 

 ついでに、明日行こうと思っていた内徳(ネドク)自然市場まで足を伸ばす。T字型のアーケードがあるだけの商店街で、先ほどの北部市場よりもさらに侘しい。

 

 

 その中にあるスーパーマーケットでホッケ茶なるものを買った。何の成分かはよく分からないが、78000ミリグラムも含有しているとか。何より「男」の文字に魅かれる。男が元気になるのなら、暑さにやられた体にも効きそうだ。

 

 

 

 

 ところで、清州の街ではマンホールもなかなか見ごたえがある。カラー化などした「侘ばせたる」ものでないところが良い。

 

 

 夕飯は中央路のMom’s Touchという店で、テキサス・バーベキュー・チキンバーガー・セットを食べた。北部市場にも近いこの一角は少しだけ繁華街の様相を見せている。清州大学の正門が近いから学生の需要もあるのだろう。

 そばのパリ・バゲットで、明日の朝食用に栗のパンを買っておく。「明日の朝食でも大丈夫かな?」と尋ねたら、レジの女の子が笑顔で頷いた。

 

<2 清州(2) に続く>

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