東南アジア縦断記 1986年

5 ナコンパトムからペナンへ

 

 

 ナコンパトム駅に降り立ち、まずは今夜のバターワース行き列車の切符を買う。しかし、ここもダイヤが変わっていた。バターワース直通の客車はなくなり、かわりにハートヤイで2時間余りの待ち合わせの後、バターワースまでの区間列車が走るようになっていたのだ。

 ハートヤイまでの切符を手にしたのはいいけれど、切符が全てタイ文字なので、何が書いてあるのか全くわからない。まあ、何とかはなるだろうと、大仏塔の見学に出かける。

 

 

 高さ120メートルもあり、世界一の高さを誇るこの仏塔は、駅前通りの先にそびえ立っているから(駅の方が仏塔を望む位置に建てられたのだが)道は間違えようがない。大理石の階段を昇る参詣者たちが小さく見えている。

 駅頭から遠望した時にはさほど大きいと感じられなかった仏塔も、近づくにつれその大きさが実感できるようになる。全体にぼってりとしたフォルムで、中央にへそのような穴が開いている。何だかサリーからはみ出たインド夫人のおなかを連想させるスタイルだ。塔を囲む回廊は学校になっていて、机といすが整然と並んでいた。

 駅への帰り道、途中の市場で竜眼を買う。1キログラムあたり20バーツ(180円)だそうで、多いので半分にしてもらう。ちょうど片手に握れるくらいの枝の束になる。

 

 バンコクからやって来たハートヤイ行き第15列車は17両もの長大な編成であった。ただし、自分が乗る2等座席車は1両だけしかなく、乗客も数人しか乗っていない。どうやら自由席らしく、これなら切符の記載事項が読めなくても全く問題はない。

 隣の車両が食堂車なので、出前担当のボーイが頻繁に客室を行き来する。両手に合わせて6皿も持って揺れる車内を足早に歩くのだから大したものだ。食事を頼んだら、車室の端に立てかけてあった武骨なテーブルを座席にセットした。

 ピンクのシャツに紺色のズボンをはいた車内販売員も時折通って行く。ナムトク線の販売員は中学生か高校生くらいに見えたが、こちらは小学生にしか見えない男女の二人組である。特に女の子の方は人懐こく、夕食を頼んだときに「こちらも何か買って」と言ったけれど、彼女が提げている籠の中にはコーラや炭酸飲料の類しかなかったので遠慮した。何かひとつでも買ってあげればよかったと思う。

 窓の外は相変わらずの湿地帯で、水路に沿って走っているらしい。水上家屋には裸電球が灯り、白黒テレビを見ている家もある。そうした家の脇を通過する時にはエンジンのうなりが聞こえる。自家発電なのだろう。

 夜がふけると車両前後の扉が施錠されてしまい、車内販売の通行もできなくなった。

 

 

 朝7時きっかり、施錠されていた車室端の扉を開けて入ってきた車内販売の二人の声で目を覚ます。この子たちも車内のどこかで寝ていたはずで、劣悪な労働環境が偲ばれる。

 女の子が「食堂車でアメリカンブレックファストはいかが」というので腰を上げて食堂車に行く。オムレツを頼んだつもりだったのに、チャーハン目玉焼のせが出てきた。

 

 

 ハートヤイに着いた。下車したその足で切符売り場に行く。すると、バターワース行のローカル列車はないと言う。仕方がないので駅を出て3ブロック程歩いたところにあるバスターミナルへ行ってみる。ここでは構内の旅行社で12時ちょうど発の便を予約できた。運賃は245バーツ(2200円)もするから鉄道よりも高いはずだ。しかし、所要時間は列車の6時間強に対して半分以下の3時間なので、列車は対抗できずに撤退してしまったのだろうか。

 

 

 ペナンの名は小学生のときから知っていた。「夢をはこぶ船」という、横浜からマルセイユまで船で行く男の子の物語があって、その船のインドシナ半島で唯一の寄港地がペナンだった。もっとも、社会科地図帳にはジョージタウンとしか書かれていなかったから、少々謎の地名でもあった。

 

 

 バスとフェリーを乗り継いで、そのペナンにやって来た。

 投宿したのは旧市街にあるHOTEL NOBELである。漢字では豪華旅行社と書く。1泊たったの15リンギット(900円)で豪華とは恐れ入る。その上この宿、商売女やらホモの兄ちゃんやらが昼間からそこいらをウロウロしているのだ。

 フロントに座っているのはオーナーの老夫婦である。風呂に入りたいと言ったら、猫足のバスタブを部屋に運び入れてくれたから、この二人、人は良さそうだ。

 肝心の客室は意外と清潔であった。ベランダに出たら、漆喰のはげ落ちた壁や柱に囲まれて、洗濯物がたくさんぶら下がった、湿っぽい中庭に面しているのだった。

 

 

 

 

 ペナンの街なかには見どころが多い。中国寺院のクーコンシー、カピタンクリンモスク、蛇寺などなど、お決まりの観光コースではあるが地元の人たちの信仰の場としても現役なので見て回る価値はある。

 その他にもヒンズー教の寺院やキリスト教会もあるし、街並みは雁木のような亭仔脚を備えたタウンハウスで統一されているし、歩き回って飽きない。

 

 

 

 

 仕上げにケーブルカーでペナン・ヒルに登ってみる。中心部からかなり遠い上に空気は水分をたっぷりと含んでいるから、あまりいい眺めではない。

 

 夕飯はコーンウォーリス砦の海岸沿いに並ぶ屋台でとった。スターフルーツジュースを飲みながら、なぜか玉子焼きがついてくるマトンのハンバーガーにかぶりつく。憧れのペナンで一番印象に残ったのは食べ物のおいしさだった。

 

 

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