建築と空間 イタリアの巻 1994年

8 オルビエト(1)

 

 

 ローマを後にして、オルビエトへ向かう。ようやくキロメートリコの本格的な出番が来た。テルミニ駅はホテルから歩いて数分の距離だから、早朝の出発でも気が楽だ。駅へ行く前に、すっかりおなじみになった角のバールでサンドイッチとカプチーノを食べておく。ローマ滞在中は毎朝、ここで朝食を取っていたのだが、しばらくはお別れだ。

 

 

 第二次世界大戦後に建てられたテルミニ駅は、コンコースを覆うカーブを描いた屋根が特徴のモダニズム建築だ。しかし、優雅な曲線屋根の背後にはのしかかるようなモダニズムの権化ともいうべきビルが立ちはだかり、全体の印象は何かちぐはぐな感じを受ける。

 有名な映画「終着駅」は、この駅の宣伝映画だったのだという。映画ではトラバーチンの壁の前で主人公がたたずんだりしていたが、実際には売店やらガラス壁やらで、雰囲気があまりない。ホームを案内するアナウンスが四六時中流れている。アンコナ行きの列車が出て行った後には、なぜか聖歌グロリアまで流される。

 ホームに出れば、ビリジアン色のバッテリーカーがトイレットペーパーを満載して走り回っている。

 掲げられた時計を見る。秒針の動きがぬったりとしている。その上、針が12時のところにくると2~3秒停止して時間調整するのだ。要するに、オシャレなイタリアよりも庶民的なイタリアが色濃く出ている駅なのである。

 

 

 乗車した列車はIR(地域間急行)で、オルビエトまでは1時間15分ほどかかる。ローマの郊外からオルテの手前まで少しだけ高速線を走る。トンネルに入ると耳がツンとする。在来線に降りるとトンネルもなくなり速度も落ちる。オルビエトでは駅の裏手を高速線が通過していて駅はなかった。

 

 

 イタリア鉄道のオルビエト駅を出ると、道の向かい側にケーブルカー乗り場がある。山上の旧市街へは、このケーブルカーに乗れば数分でたどり着く。

 トンネルをくぐって山上駅に着いた。駅は街の東端にあり、正面の道がメインストリートのカヴール通りとなっている。

 

 

 街歩きの前に、駅のわきにある、サン・パトリツィオの井戸を見に行く。螺旋階段を地の底へ向かって降りてゆき、木の橋を渡って再び螺旋階段を今度は地上まで上がってくる。二重螺旋になっているから、上り下りでたどる通路は実は別物である。降りて上がる、ただそれだけのことなのに、何だか哲学的な思索が湧いてくる。下りの道行きでは精神が徐々に浄化され、底について見上げれば、はるかな高みから光が射し、薄暗い黄泉の国にいるかのようだ。帰途についても、なかなか明るくはならない。地上が近づいたある地点で、ようやく現実世界に引き戻されるのである。

 それもこれも、他に見学者が誰もいないからこそ味わえるというものだ。

 

 

 

 街歩き前に、さらにもう一つ、街の裏手に回って、エトルリア人の墓地へも行く。墓とはいえ、切り石積みの頑丈な建築物であって「街並み」が整っている。古代ローマ以前にこれほどの技術を持っていたなら、現世の都市は如何なるものだったのだろうか。エトルリア人についていえば、墓地は残っていても、都市遺跡というのは聞いたことがない。おそらく、都市はローマ人に上書きされてしまい、実用的でない墓地だけが残ったのだろう。この墓地にしても、丘の北側に位置してしかも崖下にあるから、湿気て苔だらけになっていて、とうてい住居としては使えまい。

 

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