UK & EIRE 周遊 1995年

14 ロンドン

 

 ソールズベリーからロンドンへ夜の列車で向かう。所要時間は1時間半ほどで割合に近い。列車はウォータールー駅行きなので、クラパム・ジャンクションでヴィクトリア駅行きに乗り換える。クラパム・ジャンクションは17番線まである大きな駅ではあるものの、ホーム数のわりに乗客は少ない。

 

 

 

 

 

 ターミナルのヴィクトリア駅は、さすがにコンコースも広々していた。表に回れば、私鉄時代に建てられた大きな駅舎がふたつ並んでいる。建材も石造りと赤レンガ造りで競うかのようだ。

 わざわざ乗り換えてヴィクトリア駅に来たのは、駅の周辺にB&B街が形成されているからである。しかし、どこも満室の札が下がっている。本当に満室なのか、年末年始休暇の続きなのかはわからないまま、通りの一番外れの1軒まで来てしまった。玄関先で二人連れの青年が断わられている。別な通りを探してみようと踵を返して歩きだすと、後ろから呼び止める声がする。娘さんが普段使っている部屋に、ひとりなら泊められるというのだ。ありがたく、宿泊させてもらう。一泊20ポンド(3400円)と場所を考えたら格安だ。

 宿が確保できたので一安心して晩御飯にする。インド人が経営する店でダールとマトンのカレーに紅茶を頼む。4.20ポンド(710円)でお腹がいっぱいになる。そのあと、アイリッシュパブに入ってギネス1パイント(2.10ポンド=360円)とRuddol’sなるビターを半パイント(1ポンド=170円)飲む。ビターはその名のとおり苦いけれども、麦の香りがそのまま残っている。1パイントは570ミリリットルだから大びん1本半にしかならないが、ほろ酔い加減で宿に帰る。

 

*     *     *

 

 ロンドンに来たのは初めてだから、出来るだけ地上を歩いて行こうと思う。

 

 

 ヴィクトリア駅前からまずは至近のバッキンガム宮殿へ行く。行くといっても柵の外から見るだけではある。灰色の陰鬱な建物で、こんな所だったのかと思う。

 

 

 

 宮殿を背にグリーンパークを抜けて行く。木立の足元を走り回るリスの姿が見える。しかし、空は薄暗く空気は湿っぽい。公園を訪れる人もほとんどいない。

 

 

 

 テムズ川の岸に出て、国会議事堂とビッグベンを眺める。何もかもが霧の中だ。60年代の英国旅行記を読むと、あらゆる事柄に「老大国」の形容が冠されている。その時代の旅行だから単なる遊びではなかったはずで、きっとこんな陰鬱な風景に囲まれながら、迫りくる不安と闘っていたのだろう。

 

 

 

 チャリングクロス駅を垣間見て、地下鉄で東に向かい、ロンドン・タワーに入る。タワーといっても城砦である。こちらはバッキンガム宮殿とは違い、観光客で賑わっていた。

 

 

 ロンドン・タワーを出て、近くのタワー・ブリッジを渡る。中心部を開くための塔が2基建っていてタワーの名にふさわしいのはこちらの方だ。白状すれば、橋の名前はロンドン・ブリッジで、そこに建っている塔がロンドン・タワーなのだと思っていた。言うまでもなく、ロンドン・ブリッジは別の橋である。(ひとつ上流側にかかる、有名な割に何の変哲もない橋だ。)

 

 

 

 夜になり再び地下鉄に乗り、レスタースクエアで降りる。賑やかな通りを入って行ったらそこが中華街だった。さらに北へ行くと、ソーホー地区に入ったらしい。繁華街というより歓楽街といった雰囲気で、怪しげな店もたくさんある。「エロチックショー1ポンド」という看板を掲げた店もあって、何が1ポンドなのかというと30秒あたりの値段なのだという。なるほど、客引きの兄さんがストップウオッチを手にしているわけだ。そんなに素早くはできないので入るのはやめにして、シャワルマの店で夕食にする。英国の食事はまずいと定評があるが、どうだろうか。ツアーで行くような場所ならそうかもしれないし、洗練されてもいないかもしれない。しかし、朝食のベーコンエッグやパブのビールはとても気に入ったし、普通の店は普通においしいと思う。

 

 

 

 

 来たくて来たわけではなかった英国とアイルランドだけど、旅行を終えてみれば充実感がある。考えてみれば、指輪物語は愛読書のひとつだし、案外感覚的に合うものがあるのかもしれない。いつかまた、できれば違う季節に来てみよう。

 

[UK & EIRE 周遊 終わり]

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