南アメリカ鉄道旅行で視力回復 1991年

9 ブエノスアイレス

 

 

 ブエノスアイレスには南米で唯一、地下鉄網が形成されている。その歴史は東京よりも古い。駅への入口が歩道に開いているので、早速、乗ってみる。改札口は1円玉のようなジュトンを投入して腕を回転させる方式で、入場者のカウンターがついている。10586人目であった。タイルで飾られたホームに降り立つと、ポスターもレトロないい感じを醸し出している。やってきた電車はたった2両編成で、乗り込んでみれば車内のベンチは木製という、なんとも時代物の路線である。

 

 

 

 リマ駅で市街を南北方向に走っている唯一の路線であるC線に乗り換えようとすると、通路が柵で閉じられている。地上に回って他の入口を覗いてもやはり入れない。この線は運休らしい。

 

 

 このリマ駅周辺にはホテルが様々集まっている。その中からラ・アルヘンチナという由緒ありげな名のホテルに入る。1泊80000アウストラル(1100円)の安ホテルではあるが、タイル貼りの床に、部屋の入口はアールヌーボー調のガラスドアである。

 

 

 フロリダ通り、ラバージェ通りと繁華街を歩いて、この街の中央駅とも言うべきレティロ駅に行く。アルゼンチン国鉄は元を正せば私鉄の寄せ集めである。レティロ駅も3つの私鉄のターミナルが集まった姿をしている。一番、街の側にあるミトレ線の駅は堂々としたコンコースを備え、ホームにはドーム屋根が掛けられている。次のベルグラーノ線の駅は少し小さく、一番外れのサンマルチン線に至っては貨物ホームのような三角屋根が直接街路に面している。

 

 

 

 

 もっともミトレ線の駅でも長距離列車は数えるほどしかなく、通勤客が狭い駅前広場に吐き出されてくるばかりである。その流れからはずれた片隅には、昼間から酒臭い人々が座り込んでいる。

 

 

 

 ミトレ線の駅にある切符売場でアンデス山脈の麓の街メンドサまでの切符を買う。コンピューター打ち出しの料金表を見せてくれたので、手持ちのお金で買えるプリメラ(1等)にする。その上にはプルマン、さらに上にはコチェ・カマなる等級がある。窓口の上方には、ここにも聖母像が祀られている。

 

 

 さて、レティロ駅まで街の中心部を歩いてきたときに見たところ、建物は20世紀初頭に建てられたものが多いようである。地下鉄の開通も同じころだし、この街が最も繁栄していた時代なのだろう。しかし、街並みにそれなりの趣はあるのだが、どうも全体としては面白みがない。ガイドブックにはタンゴ発祥地のボカ地区や墓地などが紹介されているが、バスで移動するのは億劫だ。そこで鉄道で50キロメートルほど離れたラプラタに行ってみようと思う。


 

 

 

 

 

 運行を再開している地下鉄C線に乗ってプラサ・コンスティトゥシオン駅まで行く。C線の各駅もホームの壁はタイル絵で飾られている。

 コンスティトゥシオンはアルゼンチン南部へのターミナル駅で、やはり壮麗な駅舎を構えている。窓口でラプラタまでの往復切符を買うと、たったの22000アウストラル(310円)であった。

 

 

 

 朱色のシートが並ぶ電車は加速性能が良く、きびきびと走る。「カラメーラ、ミント」などと叫んでお菓子を売る子どもが通路を行き来している。

 どの駅にもキオスク、トイレ、駅長室などがピクトグラムで表示されている。もっともキオスクはみな閉まっているし、トイレも行こうとした駅では閉鎖されていた。

 

 

 コンスティトゥシオンから30分ほどで牧草地や雑木林が現れ、エセイサに着いた。ここで終点だという。エセイサ?それは空港の名前ではないか。上空からは飛行機の音が響いてくる。要するに乗り間違えたのであった。

 

 

 途中のテンペルレイというジャンクションまで戻り、ラプラタまで行く海沿いの線への短絡線に乗り換える。ここはホームが5本もある大きな駅で、跨線橋に構内図が掲げてあるのだが、列車の出発案内が全くない。こんな駅を利用する人は地元民ばかりで、そんなことは先刻ご承知なのだろう。

 

 

 乗り換えたのは流線型のディーゼルカーで、シートはバネだけだったり、板だけしか残っていなかったりとかなり傷んだ車両である。スピードも出せないのか、変哲もない住宅地やゴミだらけの牧草地の中をゆっくりと走っていく。信号機は腕木式だし、駅名標も朽ち果てて読めなくなっている。

 

 

 

 

 ボスケスという駅でまた乗り換える。ここはまだ内陸部にあるのだが、迂回線を通ってラプラタまで行く列車があり、運行頻度は1時間20分おきくらいとなっている。しばらく待って、やってきた客車列車に乗り込む。

 

 

 この列車は快速なのか、小駅はとばし、複線非電化の線路と合流してビリャ・エリサに停まる。ようやくラプラタ行きの線に戻って来た。ここからは速度も上がり、ゆれる。

 

 

  ようやく着いたラプラタ駅は櫛型ホームにドーム屋根がかかり、なかなか風情がある。ホームの付け根に出発案内のボードがあり、横のハンドルを回すと、表示全体が上に巻きとられるようになっているのがおもしろい。ところが写真を撮っていたら駅員が来て、撮影は警察の許可を取れと言う。

 

 

 駅の出口は交差点の角に向かって開いている。新大陸にはこうしたレイアウトが多いように思う。振り返ってみればクーポラをのせた瀟洒な建物なのに、ガラスが割れ放題である。

 街に出てみると、途方もなく立派な銀行の建物や人けのないガレリアなどがある。看護学校生なのか、上着とジーパンの間に白衣をだらっと出した女の子がたくさん歩いている。それ以上に目立つのは警官で、至る所をウロウロしている。直交街路に差し込まれた斜めの道を歩いているのだが、六差路ではどこから車が来るか分からず、横断しにくい。アスファルトに半分覆われた市電の線路をここでも見かける。

 苦労してたどり着いたのに、この街はどうもあまりおもしろい所ではない。駅へ舞い戻ると、緊急ダイヤで運行していると昨日付の表示が切符売場に張り出されている。直通列車は運休で、来るときと同じ経路を戻るしかないらしい。

 

 

 

 列車の時刻がよくわからないのも同じで、地元の乗客が自分に尋ねてくる。なぜ分かるはずもない相手に訊くのか理解できない。コンスティトゥシオン駅に着いた時には、もう夜もだいぶ更けていた。

 

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