バルト三国+ベラルーシ 2019年

9 列車番号704Бノンストップ便

 ミンスク駅はガラス張りの現代的な建物で、面白みがあまりない。駅舎に入ると、ちょうどモスクワ方面からの列車が着いたところなのか、両替所にロシア人が列を作っている。

 

 

 

 この駅舎と並んで、切符売場専用の建物がある。こちらは列柱を備えた壮麗な建築で、この方がずっと趣がある。窓口は空いていて、ヴィテプスク行きの切符がすぐに手に入った。もちろん、インターネット予約もできるのだが、自宅のパソコンからでは利用者登録がうまく出来なかったのだ。セキュリティ・ソフトの関係かもしれない。

 

 

 発車時間までの間に駅周辺をひと回りしてみる。まず、駅前広場の正面に門のように建っているビルが印象的だ。なにしろ、塔屋にはめ込まれたメダルはベラルーシ社会主義共和国時代のままなのである。

 

 

 通りを進んで行くと、小型の連接バスが停留所でもないところで停車している。充電中の中国製電気バスである。なぜ中国製と分かるかと言えば、機器にこれ見よがしに書いてあるからで、あまりいい趣味とは思えない。

 

 

 ユーロショップと称する店もある。「全ての品が同一価格」をスローガンにしていて、2.5ルーブル均一である。案外高いと思うが、この値段は約125円だから、文字通りのユーロショップなのだった。

 

 

 

 

 街角を回り込み独立広場に出る。政府庁舎の前にはレーニン像が健在だ。こうでなくてはベラルーシに来た甲斐がない。個人崇拝はいただけないが、既に歴史上の人物である。銅像を倒したところで過去は変えられないのだ。

 

 

 

 それにしても人影のない広場である。一角の教会に出入りする人がわずかにいる程度だ。実はこの広場、地面の下に三層の大ショッピングセンターが隠されているのだが、地下に降りてもやはり人影はまばらである。地下鉄駅に直結してはいるものの、他の繁華街に近いわけでもない上に、鉄道駅の横にはガリレオという新しいモールもできているので寂れてしまったのだろう。廃れ具合にふさわしく、トイレのブースはドアも閉まらない。

 

 

 

 

 通りの反対側には中央郵便局がある。重厚な建築であり、うれしいことに、まだ郵便局としての機能が生きている。ここで切手を買って絵はがきを投函したいと思うけれども、この国ではまだ絵はがきを目にしていない。絵はがきのある国には郵便局がなく、郵便局のある国には絵はがきがない。

 

 

 時間があるので、駅に接したガリレオモールにも入ってみる。内部はラゾーナ川崎を思わせる造りで、大層賑わっている。トイレも利用客が多いのに清潔だ。

 

 

 列車の時間が近づいたので駅へ戻りホームに出ると、既に客車が停車していた。扉は閉まっていて、お客が列を作って待っている。この列車はヴィテプスクまでノンストップだから、特別な車両かと思っていたけれども、青い一般的な客車である。ホームには石炭の匂いが漂っている。今でも暖房は石炭ストーブなのだろうか。しばらくすると、デッキに女車掌が現れ、儀式のように手すりを拭くと乗車手続きが始まった。

 ところで、列車の一番前に車いすのひとが佇んでいる。スーツケースなども置いてあるから列車に乗ると思われるのに、ホームは低くステップは4段もある。どうするのかと思ったていら、先頭の荷物車の扉が開きリフトがスルスルと降りてきた。人は車いすごと荷物車内に消え、スーツケースが残された。大きなものだからリフトを使えばよさそうなのに、係員がひとつひとつ担ぎ上げて積んでいた。

 

 

 車内に入ると、蚕棚式の寝台の他に通路と平行にも寝台が備えられた、ハードクラスの寝台車であった。例によって、下段を座席車として3人掛けにするときと、寝台車として2人で使うときの座席番号が両方ついているので紛らわしい。2人用を見るのが正解である。既に三段寝台としては使わないのであろう。上段寝台は荷物棚となっている。

 夜を過ごすわけではないから寝台は畳まれ、寝具は棚に丸めてある。どういうわけか、カーテンまで一緒に丸めてある。乗車率はあまりよくなく、定員の半分程度だろう。好き勝手に寝具を降ろしてひっかぶって寝ている人も多い。何だかフェリーの桟敷席のような感じだ。

 一方、通路を隔てた反対側の席は、テーブルをはさんで小さな四角いシートが向かい合っている。お二人様には好都合で、事実そうしたアベックも見かける。これでは、同じ料金なのに随分と占有面積が違うことになる。もっとも、本人たちは気にしていまい。

 

 704Б列車は定刻16時46分、ミンスク駅を発車した。ヴィテプスクまでの所要時間は3時間37分である。

 発車してまもなく検札に来て、切符を持って行ってしまう。寝台車と同様のシステムらしい。

 ミンスクの郊外に出ると、打ち棄てられた大きな工場が目立つ。たいして東に来たわけでもないのに、バルト三国とは1時間の時差があるから17時半頃までは薄明かりが残っている。ノンストップの列車だからスピードは速い一方、景色は単調で眠くなる。その眠気を吹き飛ばすように、ときおり突き上げるような揺れがある。

 トイレに行く。ステンレス製便器のへりに、滑り止めの突起がついている。トルコ式にしゃがんでも使えるようにとの配慮だろう。

 19時17分、速度が落ちて、オルシャを通過する。駅舎の妻面に駅名が黄色い飾り文字で光っている。

 真っ暗な中を疾走し、ヴィテプスクが近づいてきた。車掌がひとりひとりに切符の返却が必要か尋ねて回っている。到着は寸分違わぬ定刻であった。

 

 

 

 ホームから駅舎に回る。例によってアーチを連ねた回廊やシャンデリアの下がったホールがあり、白基調の内装は宮殿のようだ。もっとも地方都市にふさわしく、奥行きがあまりないので、少々手狭な感じもする。

 

 

 

 駅前広場に出て振り返ると、駅舎がライトアップされている。駅というより、歓楽街にふさわしいような色合いの照明だと思う。見上げれば、カマとトンカチを中央に抱いたレリーフも掲げられている。

 

 

 ホテル「金の仔牛亭」は駅前広場向かいの路地を入ったところに位置している。昇降口は真っ暗で、本当にホテルが営業しているのか疑問に思うような雰囲気である。

 4階建てのビルであるが、ホテルは最上階だけで、1階にはボーリング場、中間階にはオフィスや歯医者が入居している。それらへの案内の矢印がばらばらと貼り付けられた階段を上っていく。ホテルの玄関を入ると、どこからともなくデジュールナヤが現れた。大きくて丸いキータッグのついた鍵を渡してくれる。

 

 

 とりあえず、今夜の食事を確保しなければならない。このあたりにはニカやヴェスタといった名前の店がある。ニカは勝利の女神ニケのことだし、ヴェスタは竈の女神だ。ヴェスタに至っては駅正面の大通りの左右に門のように店を構えているし、その先にも500メートルおきに支店が存在している。

 しかし、これらはコンビニエンスストアというより、食料品店と呼びたくなる店舗群であった。サンドイッチやお惣菜、野菜は扱っていず、店の奥には肉屋が鎮座しているのだ。棚のあいだを歩き回って、なんとか酢漬けニシンやイカ入り昆布サラダを見つけて買い込む。ペットボトルの大瓶に入ったクワスも買う。部屋に冷蔵庫があるのがありがたい。パンやデザートも買い、〆て9ルーブル6カペイカ(225円)だから物価はかなり安い。

 クワスのラベルにはアルコール分1.2パーセント以下と書いてある。ほろ酔い気分でベッドにもぐりこむ。窓際にはごついスチーム暖房の放熱器が1.5メートルほども造り付けられているから頼もしい。 

 

 

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