乳源ヤオ族自治県へ 1993年

3 第65次特快 広州行

 

  広州へ帰る前に、南隣の曲江市にある獅子岩を訪れる。旧石器時代人の住居跡が発見されたところだという。市名、駅名は曲江であるが、バスの行き先は中心部の名称である馬壩(の簡体字)となっている。

 

 

 

 その馬壩でバスを降り、市場の中を歩いて行く。それにしても汚らしい市場だ。地面は腐った野菜でぬかるみ、異臭がしている。通路の両側に並ぶ差掛け屋根を張り出した店は、乞食小屋同然である。

 

 獅子岩は街のはずれにあり、登ることもできる。しかし展望台に立っても霧が濃すぎて、石灰岩地形の中にあることがわずかに見て取れるだけだ。

 住居跡は天井の高い鍾乳洞の中なのだが、原始時代のことだから遺跡があるわけもない。立派な博物館が建てられてはいるのだが、開館していない。雨が降り出し、土砂降りになった。来て損した。

 

 

 

 韶関に戻り、駅へ行く。広州行き65次特快の切符売場には「座票完售」と表示されていたが、外貨兌換券の効果なのかちゃんと「紙」(座席指定を示す紙片)が切符の裏面に貼り付けられている。

 窓口には「空快」「空特」という列車種別も見える。「空」といっても空港とは関係なく「空調快車」「空調特快」の略である。残念ながら今回の列車は「空」がつかない。

 

 


 切符を手に入れたならば、候車室(待合室)に進まねばならない。この駅は外観の割に中が広く、中庭を囲んで1階と2階に分かれて第四候車室まである。そのうち第二は空調候車室で料金が2.8元(45円)かかる。剃髪した僧侶が料金を払って入って行った。

 発車時刻のピッタリ40分前、改札口が開く。乗客がわっと群がる。

 

 

 ホームに立つ車掌に切符を見せて、車内に入る。

 幹線の特快にしては随分と古びた客車だ。空調が無いから開放してあるにもかかわらず、二重窓が暑苦しい。車内はお客が通路に並ぶほどの混雑しているから、当日購入で座席に座れたのは幸運だったようだ。天井には扇風機があるが回っていないので、扇子であおいでいる人が多い。立客の一人が扇子で扇風機の羽根をたたいたら、ゆるゆると力なく回り始めた。もちろん涼しくなどならない。

 向かいに座った親子は紙麻雀を始めた。ゲームの進め方はポーカーで、役は麻雀のルールらしい。北江に沿った石灰岩質の景色は往路と同じはずであるが、昔ながらの車両から眺めると、景色も長閑に見える。

 

 

 定刻に少し遅れて、広州駅に到着する。もちろん、韶関など比べ物ならないくらいに大きな駅である。しかし、都市の規模は駅の規模を上回っているようだ。駅舎と並んで切符売場が別に建てられていて、それでも切符を買うお客の列が建物からはみ出して駅前広場にまで伸びている。窓口は「北京、上海、鄭州、蘭州の大都市行」「岳陽以南」などと分かれている。しかし、あまりに人が多くどの列がどの窓口か分からない状態だから、後ろの方では適当に並んでいる。

 

 

  一方、駅舎の中はといえば、階段も待合室も人で埋め尽くされ、改札口へ続く通路の群衆は大河の流れのように動いていく。

 とてもじゃないが、この駅で切符を買って乗ることなどできないだろう。香港へは船で戻るつもりである。

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