中央アメリカの巻 1989年

8 黄昏色のバナナ列車

 テラという街は、海辺のリゾート地ということになっている。確かに砂浜があり、それなりのホテルがある。つい最近も、中米五か国首脳会議が開かれたほどである。しかし、ホテルは「それなり」であり、いったいどこに首脳たちは集まったのだろうと考えさせるほど、鄙びた雰囲気の「リゾート」である。

 この街にもバナナ商社が敷いた鉄道があって、毎日2往復している。地図を見るとこのあたりにはもっと線路があるし、東に延びる路線には旅客列車もあるようだ。まあ、そのあたりになると情報がなくてさっぱりわからない。

 

 

 浜辺へ出てみると、向こうに小さな桟橋があって、チキータの船が停泊している。バナナ色の機関車が行き来しているのも見える。

 街に戻ってみる。探すほどのこともなく駅は見つかった。

 駅とはいっても何の表示もないし、駅員もいない。見たところは貨物駅のようだ。しかし、何となく人が集まっているから、列車が来るには違いない。

 道路を隔てて、バールというかカフェというか、露天のテーブルがたくさんあって、そちらにも人々が座って談笑している。ひまわりのような色の派手なワンピースを着た美少女がいて、その取り巻き連中もたむろしている。

 

 

  13時3分、列車が入ってきた。客車2両、家畜車1両、そして何両かの貨車と言った編成である。人々がわっと降り、大急ぎで荷物を降ろす。そして13時7分、早くも発車した。

 驚くべき手際の良さ、と言いたいところではあるが、何だか変だ。車内に残っているのは箒を手にした子どもたちばかりで、乗客らしき人は一人もいない。第一、プエルト・コルテス行きの発車は13時45分のはずではないか。

 

 

 おっさんがやってきて、早口のスペイン語でまくし立てる。どうやら「この先の鉄橋で減速するからそこで飛び降りろ。前方へ歩いて行けば入れ替わりにプエルト・コルテス行きが来る」と言っているらしい。

 おっさんの指示に従って列車から降りる。列車は三角線を伝って、先ほど見た桟橋の方へ行ってしまった。そのまま歩いてゆくと、最後尾に赤旗を突き出した列車がバックしてきた。

 客車は全部バナナ色で、数えてみると7両もつないでいる。デッキに飛び乗り、シートに座っていると、ほどなく、さっきの駅に舞い戻った。

 

 

 

 

 駅に着くとどっと乗客が乗り込んでくる。いつの間にやって来たのか、「パネ、パネ、パネ」と叫んで回るパン売りや、ジュース売りが乗り込んでくる。外の道路には、かき氷やホットドッグのワゴンが行きかい、車内では客が持ち込んだラジオが鳴りだし、大変な騒ぎである。

 そして定刻に1分早く、列車は動き出した。すると、街角から次々と若者たちが走り出てきて列車に飛び乗る。テラス席にいた美少女とその取り巻き連中も走り寄ってくる。デッキが高いからスカートの裾を大きく広げて乗り込む。

 しかし、この超満員は長くは続かなかった。操車場のあたりまで来ると、今度は若者たちが次々と飛び降りて行くのだった。

 それでも、車内はほぼ満席である。テラもプエルト・コルテスも海岸の街であるが両者を結ぶ道路はなく、バスで行くとするとサン・ペドロ・スーラを経由して三角形の二辺を迂回しなければならない。それがこの列車の存在理由であろう。

 

 やがて列車はヤシ園やバナナ農場の中を走ってゆく。揺れは少ないが、走行音はこの列車もすさまじく、グォーッというベース音の上に、ガシャシャ・ピシャシャとリズムを刻んでいる。

 

 

 比較的大きな川を渡り、バラコアに着いた。格別なこともない車窓だったからか、時間が経つのが早い。もう2時間半も乗っているのだ。ここですれ違ったのは1編成だけで、あちらは緑色のクラシックな客車が連なっていた。

 バラコア発16時40分。遅れも25分程度である。

 

 ここからは、先ほど渡った川に沿う。もっとも、川は蛇行しているから現れたり消えたりしている。左手には道路が並走し、排気筒を高くつきだしたボンネットバスが排気ガスをまき散らしながら追い抜いてゆく。

 もっとも、列車の方もディーゼル機関車のくせに発車のときには真っ黒な煙を噴き上げているから、あまり他人のことは言えない。

 

 

 17時を過ぎて列車は街中に入り、映画館が2軒あるところで止まった。駅の設備は何もなく、ただ道路に接して線路があるだけの場所である。しかし、ここでほとんどの乗客が降りてしまった。列車はまだ先に行くけれど、ここが街の中心に近いらしい。

 人々に混じって降りてみる。

 ホテルが1軒、他にはビリヤード場やバーが点在している。その1件きりのホテルに部屋をとる。久し振りに鏡のある部屋に泊まれたので、ひげを剃る。

 

 

 翌朝、バスでバラコアの駅まで行ってみた。そこから、サン・ペドロ・スーラ行きに乗り込もうと考えての事である。

 8時15分、まず、テラ方向からプエルト・コルテス行きが深緑色の客車を4両従えて入ってきた。どっと人が降りる。

 物売りも押し寄せる。ここでは列車に乗る少女は綺麗な服を着ていて、物売りの少女はみすぼらしい服を着ている。

 やがて、テラ行きの黄色い客車がやってくる。これは昨日乗った編成だろう。どちらの列車にも客車の他に、貨車や家畜車に座席を取り付けた車両があって、そちらにも結構人が乗っている。

 機関車は駅構内を走行する間、鐘を鳴らすどこで鳴っているのかと思って探したら、運転台の下の台車部分についていた。2本の列車は20分ほど停車すると相次いでで発車してしまい、とうとうサン・ペドロ・スーラ方向の列車は現れなかった。たくさんいた物売りたちも徐々に散ってゆく。あきらめてバス停に向かう。

 

 

 あとは、この国の首都テグシガルパに出て、トンコンチンと言う名の小さな空港から中央アメリカ各駅停車のような航空便でメキシコ・シティ経由、家に帰るだけである。

 

 

[ 中央アメリカの巻 終 ]

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