2025年6月初旬
側弯症手術に対する不安が身体の不調として現れたことで完全に心が折れてしまい、”手術を辞めたい”という気持ちがいよいよ強くなっていました。
実家の両親にも事情を伝えて相談したところ、「心配事を抱えたまま手術を受けるのはやめた方がいい」ということで、正式に病院に電話することにしました。
ただし、今回の病院で手術をやめるにしても経過観察はした方が良いということで、2月に行った脊椎の専門病院を再受診するよう諭されました。
(両親ならきっと今の気持ちを汲んでくれるだろうと分かっていて会いに行きました。相談という形を取りつつも、ただ背中を押してほしかっただけでした)
両親に相談した翌日、手術予定だった病院へ連絡して1ヶ月後の手術の予約をキャンセルしたい旨を伝えました。電話口の事務の方は意外にもあっさりと了承してくださり、6月に控えていた自己血貯血の予定も含めて白紙となりました。
まるで歯科健診の予約でもキャンセルしたかのようなスムーズさで、もしかして他にも手術待ちの間に中止する人ってそこそこいるのかも……?と思いました。
電話を切り終わった途端に力が抜けたのか空腹を感じ、好物のペペロンチーノを作って食べました。久しぶりに味のする食事をしながら、臆病な自分への自己嫌悪と深い安堵感を噛み締めました。
翌日、手術を中止したことを職場に報告しました。詳細は伝えず、「初診で聞いていたよりも腰椎の固定範囲が下側で、可動域に不安があったため」と話しました。上司には「大きな手術だもんね」と理解してもらえました。(怖くなったんだろ、と内心は笑ってたかもしれませんが。被害妄想……😓)
診断書を提出する前で、まだ休職中の代わりの人も決まっていなかったのが不幸中の幸いでした。前日まで”脊椎固定をするか否か”という後戻りできない問題で悩んでいたため、人生において謝って済む失敗はかすり傷だとこの時思いました。
病院に連絡した2日後、本来であれば1回目の自己血貯血の予定だった土曜日に近所の献血ルームで400ml献血をしてきました。
ここ数週間は貯血に備えて頭痛薬なども極力飲まず鉄分を意識した食生活をしていたため、せっかく作った血液が誰かの役に立てば苦しかった日々が報われるような気がしたのでした。
ちなみに私の血液型はO型なのですが、O型は全血液型に輸血可能なため、特に400ml全血は血液判定をする猶予もない怪我人の輸血に重宝するそうです。せっかくなので、今後も積極的に献血に協力しようと思いました。
献血ルームでもらったお菓子。アイスも食べ放題で漫画喫茶みたいでした。
献血ルームではもらったお菓子を食べながら、今後のことをずっと考えていました。手術を中止した以上、進行していく側弯症とこれからも付き合っていかなければなりません。病院を変えたとしても、コブ角の悪化を止められない限り手術をすすめられることは明白でした。
私のスマホの検索履歴は早くも塗り替えられ、側弯症の保存療法に関するワードで埋まっていったのでした……。
保存療法について調べたときの話はこちら。

