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本来であれば、今日(7/9)が手術日だったのですが……。
実は、脊柱側弯症手術まであと1ヶ月というタイミングで手術の予定をキャンセルしてしまいました。
術前検査も終えて、あとは自己血貯血をして入院に備えるだけでしたが、悩みに悩んで今回は中止することを決めました。
手術を決断した自分の意思を貫けなかったことが本当に情けなく、これでよかったのかと今も悩んでいますが、その葛藤を記録したいと思います。術前の不安に負けた人間の心境ということで、反面教師にしていただければ幸いです。
2025年6月初旬
手術日まで残すところあと1ヶ月となり、カレンダーを眺めては残りの日を数える日々でした。6月は自己血貯血(400ml)を1週間ごとに3回行う予定だったため鉄分の多い食事を心掛けたり、術後の背中が曲がらない生活で不自由しないよう毎晩股関節のストレッチや腹筋エクササイズをしたりと体調管理に努めていました。
職場では翌月以降の業務調整の話も出ていて、同僚に引き継ぎをお願いしたり資料のたたき台を出来るところまで作ったりと休職の準備が着々と進んでいました。
日常に追われつつも、内心は処刑日を待つ囚人のような気持ちでした。病気になってしまったのだから手術は仕方ないと自分に言い聞かせつつも、ボルトの入った不自由な身体になることへの不安と悲しみが常に重く胸につかえていました。
術前はあまり手術や病気について調べない方が良いと聞きますが、つい痒いところに手が伸びて肌を掻きむしってしまうように、時間があるとスマホで術後のことを検索しては一喜一憂していました。睡眠時間はどんどん削られて、眠ることに苦労しました。
そんなある日、某SNSで側弯症手術経験者の投稿を見かけました。31歳の女性で、なんと私と同じ病院で同じ主治医から手術を受けた方でした。その方はT1〜L4までの後方矯正固定術を受けており、術後3年経っても強い痛みや金属の違和感、こわばり等の後遺症に悩んでいました。背骨が固定されて可動域を失ったことによる体幹障害で障害者手帳と障害年金も取得しており、手術を受けたことを後悔しているようでした。また、体幹障害が出るほどの脊椎固定にも関わらず主治医から術後の体の変化について詳しく説明がされていなかったことにも憤っているようでした。
普通なら「まあこんな人もいるよね」とスルーするのですが、その方が載せていたレントゲン写真は以前出席した主治医の医療講座でも症例として紹介されていたものでした。その時の説明は「90度を超えた側弯だが、手術は大成功で30度近くまで真っ直ぐになった。見た目にこだわる方だったため本人の強い希望でT1までの固定としたが、ここまで広範囲の固定だと可動域が狭まるのでおすすめはしない」とさらりと紹介されたのみでした。
会場では多数あるケースの一つとして聞いていましたが、いくら本人の希望とはいえ胸椎と腰椎で17椎あるうちの16椎を固定しておいて、その影響は「おすすめしない」で済むのでしょうか……。
診察でも講座でも、脊椎を金属で固定することによるデメリットや生活への影響について説明がほとんどないことは以前から気になっていました。腰椎固定をL3までとするか、L4までとするかでも腰の可動域は大きく違うと思うのですが、具体的な説明はありませんでした。靴下が履きにくくなる程度のことはあるが日常生活には全く影響がない、若年の手術なら痛みも10日ほどでほとんど無くなるというのが主治医の話でしたが、ネットで他の人の投稿を見ていると10日で痛みが無くなるとはどうしても思えませんでした。
私の固定範囲は31歳の彼女と4椎しか違わない12椎です。本当に、私は“術前と変わらず何でもできる”体になるのか……。
本当にこのまま、この病院で手術を受けていいのか。主治医の説明は本当に事足りているのか。取り返しのつかない手術を受けて後悔しないか。
思い詰めるうち身体にも負担がかかっていたようで、ある日外出中に眩暈と吐き気に襲われました。目の前が電気を消したように暗くなり、真っ直ぐに歩くことができなくなって、コントロールを失った身体に恐怖を感じました。
初めての症状に驚きながら、頭の中では「手術をやめるべきだ」という考えが消えませんでした。
