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30代社会人、脊柱側弯症の記録

中1で特発性脊柱側弯症発症。32歳現在、手術を決めましたが悩みに悩んで中止。通院、その時の心境、保存療法(シュロス法、ゲンシンゲン)等について記録します。



 2025年2月某日


 市民病院の紹介により、脊椎疾患の専門病院へ。手術を勧められる可能性を考えると気が重く、少しでも気分を上げようと前日に美容院とまつげパーマを予約しました。側から見ればのんきそのものですが、やり場のない不安の中でせめて外見だけでも好きな自分でありたいと思いました。


 専門病院は街の喧騒から遠く離れた、郊外の住宅地にありました。普段使わない路線を乗り継ぎ、見知らぬ駅でうろうろとバス停を探して一時間に2本しかないバスに乗り、停留所から地図アプリ片手に住宅地をさまよい、ようやく着いた頃にはもうヘトヘト。車のある人ならともかく、方向音痴の私が公共交通機関で通うにはだいぶハードルの高い立地でした。


 初診受付を済ませた後は、立位や横臥、海老反りなどのさまざまな姿勢でレントゲンを撮り、いよいよ診察へ。緊張で心臓が早鐘のように拍動しているのを感じました。


 診察してくださったのは、40代後半くらいの男性医師でした。HPによると、この専門病院の整形外科部長だそうです。マスク越しながらディーン・フジオカのような雰囲気があり、モデルのような長い脚が狭いデスクの下で窮屈そうでした。

 緊張していた私は(イケメン外科医。なるほど、これが俗にいうスパダリってやつですか)とそこで妙に冷静になり、椅子に座りました。


 ディーン医師の診断はこうでした。

 「胸椎43°、腰椎58°の側弯があり、腰痛の原因となっている。側弯は今後も間違いなく進むので、どこかのタイミングで手術することを勧める。現状ならば骨盤を固定せずに手術が可能」



腰椎58°……。



58°!?!?



 手術の宣告よりも、Cobb角に衝撃を受けました。近所の整形外科での44°という診断は、一体なんだったのでしょう。手術の必要性といい、まるっきり話が違うではありませんか。



(近所の整形外科での件はこちら)




 頭が真っ白になりつつも、「立地の関係で通院の負担が大きいため、手術を受けるのであれば勤務先から近い別の病院を考えている」という旨を伝えました。市民病院で紹介を受けた時に手術で有名な病院について調べていたため、すでに心に決めた病院があったのです。


 先生は「脊柱側彎症の手術は医師によって固定場所の考え方なども異なるため、色々な先生の意見を聞いて決めるとよい。この病院は側弯症手術の実績も多く自信があるので、もしここで手術を受けたくなったらいつでも診察予約をしてほしい」と言ってくださりました。その言葉がとても心強く、今日は本当に来て良かったと思いました。



 帰路、バスや電車に揺られながら色々なことを考えました。本当はこの病院で手術してもらった方がいいんじゃないのか、脊椎固定後はどれくらい動きが制限されるのか、休職にあたって職場にはなんて言えばいいのか……。


 「脊柱側彎症 手術」で検索すると、同じく手術を控えた人が私と同じような心境をブログで発信していて、この不安は自分だけではないこと、そしてたくさんの人が乗り越えていったことに少し安心しました。

 そして自分の現状も発信することで誰かの役に立つかもしれないと思い、十年以上放置していたアメーバのアカウントを引っ張り出してこのブログを開設することにしました。



 今後も、自分の備忘も兼ねて随時更新していきます。よろしくお願いします。


(追記)職場に手術の報告をしたときの話。


(追記)側弯症手術の病院を探していたときの話。