2024/7/10 グアテマラの弟③ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、俳優・片桐はいりのエッセイ『グアテマラの弟』を、一部編集してお送りしています。


今夜は、「飴と鞭」の第3夜。


片桐と弟夫婦は、グアテマラ第2の都市ケツァルテナンゴの近くにある、ロス・バーニョス(風呂場)という名の温泉地に、やってくる。


火山の国グアテマラの、ユニークな温泉文化とは?


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道々、風に硫黄の臭いが混ざり、所々に湯煙が見えてくる。


嫌でも温泉気分が盛り上がる。


とはいえ、周りは浴衣の美女より、西部劇に出てくる、転がる草が似合いような風景である。


オンボロバスが砂煙を上げる道沿いに、ピンクや黄色やスカイブルーに塗られた、ド派手なドライブインが並んでいて、これが目指す湯屋なのだ。


この温泉街には、男湯も女湯も、さりとて混浴も無かった。


全て、個室風呂なのである。


公衆便所みたいに、平たい建物にずらりとドアが並んでいて、開けるといきなり、3畳ほどのタイルの洗い場と、空の浴槽。



[浴槽]


脱衣所もシャワーも、もちろん無い。


1時間いくらで部屋を借りると、1組ずつ掃除をして、新しいお湯を張ってくれるのだ。


贅沢なお湯の使い方に、偽物ではあるまいな?と、湯を舐めた。


思ったほど、硫黄臭の無いそのお湯は、舌がびりつくほどに苦い。


もちろん、塩素の臭いも、どこにも無い。


しめた!


これは、正真正銘の、掘り出し物かもしれない。


私は、弟が用意してくれたビニール袋に脱いだ服をしまうと、早速初めてのグアテマラの温泉に、ザブリと浸かってみた。


公衆便所のような浴室の中で一人、誰憚る事無く、


「うー!あー!」


と、手足を伸ばして、歓喜の声を上げた。


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翌日訪れた湯屋では、今度は8畳ほどの大きな個室を与えられて、下欄からふんだんに注がれる源泉をまた独り占めにした。


ここに来て初めて気付いたが、この国の人たちは、家族単位で風呂に入るのだ。


6人ほどの家族が、私が一人で使うのと同じサイズの浴室に、ガヤガヤと入っていく。


お婆さんに、お父さん。


子供たちや、妙齢の孫娘に至るまで皆、裸で一緒くたに、湯に浸かるのだ。


洗濯物を抱えている一家もある。


日本でなら家族だとて、男性陣、女性陣と分かれるところだ。


当初、私たち3人の組み分けも、どうなる事かと気を揉んだ。


いくらここがグアテマラとは言え、弟と一緒に風呂に入るのは、ごめんである。


弟はガイド時代、何度もこの温泉を案内している。


既に、シャワーしか浴びない生活の方に慣れているのか、湯舟に浸かると逆に風邪を引く、と嫌がった。


大和魂はどうした!と、肩を掴んで揺さぶりたくなる言い草である。


これでは、水のシャワーしか知らないグアテマラの人たちが、


「お湯をかぶる?


ひやー、気持ち悪い!」


と言うのと、同じである。


お湯だと、洗った気がしないんだそうだ。


私は弟に、この苦いお湯がどれほど湯持ちがいいか、どれほど肌に滑らかか、日本の温泉に比べても優良、と太鼓判を押して憚らない、秀でたお湯であると訴えた。


お湯に浸かる喜びを、何とか思い出してほしかったのだ。


渋々、ペトラさんと一緒に風呂に入った弟は、


「そういや、汗が引かないな」


と、この温泉の効能に初めて、気がついた様子だった。


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