JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。
今週は、俳優・片桐はいりのエッセイ『グアテマラの弟』を、一部編集してお送りしています。
今夜は、「飴と鞭」の第2夜。
片桐の弟と、その妻のペトラさんが住むアンティグアから半日ツアーで、活火山パカヤへの登山に挑戦した片桐。
日本と同じ火山の国・グアテマラで、その飴と鞭について、思いを馳せる。
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この火山に登る危険は、すぐ目の前に流れる溶岩や、滑る山道以上に、山賊に襲われる事だと知ったのは、既に山を下りた後だった。
全ての案内がスペイン語でされていたのだから、致し方ない。
何も知らぬまま、私は壮絶な景色に出会い、山登りの達成感をほんの少し味わい、火の上を歩く術までも、会得したのだった。
グアテマラには、火山が沢山ある。
アンティグアから臨める山々の中で、唯一活動を続けているフエゴ火山は、今も時々火柱を上げる。
[フエゴ火山]
夜、この山が火の粉を散らす様子は、花火のようだというから、私は折に触れて、弟の家の屋上テラスから観察していた。
昼間に1度だけ、魔法使いが現れた時みたいに、ポフと一塊の煙を噴くのを見た。
フエゴをはじめ、富士山級の火山に囲まれているアンティグアは、地震の名所でもある。
1976年の大地震を経験しているペトラさんは、夜になると家のどこへ行くのにも、懐中電灯を持ち歩いている。
どこかで不意に、ガタリと音がすると、ペトラさんも私も、思わず揃って身を固くした。
地震国に住む者同士の、無言の連帯感だ。
私はどこの国へ出掛けても、例えばニューヨークででも、この条件反射が抜けなかった。
でも、体を強張らせた直後、
「そうだ、ここではその心配をする必要が無いのだった」
と思い直して、愕然とした。
地震の無い生活。
この地球上に、そんな安楽な生活がある事に初めて、気づいたのだ。
あの解放感は、忘れられない。
無意識のうちに、普段自分がどれほどマグマのご機嫌を気にしているのかを、ひしひしと実感した。
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マグマがくれる、飴と鞭。
ご機嫌がいい時は、マグマは私たちに素晴らしい贈り物をよこす。
「温泉」
これも、条件反射か。
この素敵な響きを聞いただけで、私の眉間のしわはすぐにほどける。
一人芝居で、全国を旅した3年ほどの間で、北から南まで、日本各地の温泉はかなり制覇した。
これでも、そこそこの温泉マニアだ。
どんな所のどんな湯にでも、直ちに服を脱いで飛び込む覚悟が、ある。
さて、グアテマラのマグマは、湯を沸かすのか?
日頃、風呂につかる習慣が無い、まず家にバスタブがある事が少ないこの国の人たちが、いかにしてこの火山の恵みを楽しむものなのか。
私は、弟夫婦のお供をして、2泊3日の温泉旅行に出掛ける事にした。
グアテマラ第2の都市、ケツァルテナンゴの周辺には、温泉街道と呼ばれる秘湯地帯がある。
アンティグアから、車で3時間と少し。
標高3000メートルの山道を、車で越えていく。
ケツァルテナンゴの街外れを、20分ほど山の中に入ると、街道沿いに10軒ほどの湯屋が並んだ温泉街がある。
ロス・バーニョス、訳せばそのまま「風呂場」という、地名である。
【画像出典】