2024/5/1 鯨井あめ書き下ろし③ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。

今週は、作家・鯨井あめ書き下ろしの物語『世界の果ての焚火』を、5日間に渡ってお送りしています。

今夜はその第3夜。

西暦が大きく変わる、25年前の大晦日。

父を亡くし、就職活動に疲れた青年は、自分探しの旅に出た。

世界の果てと言われる町、ウシュアイアの浜辺で、一人の老婆と、焚き火越しに過ごした年越しの瞬間。

それはまるで夢のような、不思議な感覚の記憶だった。

今や、50歳を迎えようとしていた男は、再びその土地に降り立った。


ウシュアイアの街の素朴さは、変わっていなかった。

建物はほとんどが平屋建てか2階建てと、上方向に視界が開けている。

しかし街の後方には、切り立った壁のような雪山の峰が迫り、ここがパタゴニアの南端、世界の果てである事を感じさせた。

[ウシュアイア]

レンタカーを借りた私は街を出て、スマホの地図アプリを参考に、当時の道順を巡ってみた。

老婆が火を焚いていたのは、どこだったのか。

幸い、最初に訪れた入り江の場所は、覚えていた。

その後、車を停めた場所も、現地に来た途端思い出した。

エンジンを切って、地図アプリを眺める。

あの時私は、浜辺を1時間半ほど歩いていたのだから、目的地はおおよそここら辺だろう、と地図にピンを刺した。

老婆に再会できるとは、思っていない。

ただ、私がこの地を踏むのは、これが最後になるかもしれない。

であれば、2つの気がかりを、解消したかった。

1つは、年を越した直後、彼女が告げた言葉だ。

その音の響きを、私は忘れてしまった。

彼女が、

「グラシアス」

と言い直したのだから、最初に告げた言葉も、きっとお礼だったのだろう。

しかし、グラシアスとは完全に異なる響きだった。

あれは、何だったのだろうか?

しかし私自身が、その音を覚えていないので、調べようもなかった。

そして2つ目。

彼女はなぜ、お礼を告げたのか?

焚き火の熱をお裾分けされて、マテ茶をご馳走されたのは、私だ。

私が感謝を述べるなら、道理が通っている。

彼女のグラシアスは、何に対するお礼だったのだろうか?

あの年越しは、やはり夢だったのかもしれない。

私は車を降りて、海岸に出た。


今日は、よく晴れていた。

風は冷たいが、心地よい。

当時は気付かなかったが、私が歩いた海岸周辺は、小島の密集したエリアだったようだ。

なだらかな丘が入り江に点在している。

その間を埋める、深い藍色のような海面は絶えず波打ち、日光を受けて優しく光りながら蠢いている。

景色を楽しみながら歩いていた私は、ふと立ち止まる。

浜辺の側に、一軒の木造家屋があった。

おそらく1階建て。

様相は比較的新しい。

急勾配の屋根と、高めの基礎。

脇に停まる、1台のオフロード車。

人の気配がある。

そして、建物の前の浜辺に、焚き火の跡があった。

まさか。

呆然と立ち尽くしていると、その建物の窓にかかっていた、カーテンが動いた。

中から誰かが、私を一瞥する。

建物のドアが開いた。

私と歳の変わらない男性が半身を覗かせ、ドアノブを掴んだまま、スペイン語で休業日だよと告げた。

私は尋ねた。

「休業日?

お店ですか?」

「レストランだ」

と、快活に答えた男性は、

「散歩?

迷子?」

と、気さくな口調で、外に出てきた。

「25年前に、」

と、言葉が私の口を突いて出た。

「お婆さんと、年を越したんです。

焚き火を囲んで、二人きりで。

それで、その場所を探していて」

男性は驚き、

「何だって?」

と、私を見つめる。

私は繰り返した。

「25年前に、ここでお婆さんと焚き火を囲んで、年を越しました」

男性は、笑った。

そして、片手を差し出した。

「何て事だ。

僕は、ルッカ・ロメロ。

あなたが会った、婆さんの孫だよ」


【画像出典】

https://www.getyourguide.jp/ushiyuaia-l1851/ri-gui-rilu-xing-tc360/bigurushui-dao-tl109817/