2024/4/29 鯨井あめ書き下ろし① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、作家・鯨井あめ書き下ろしの物語『世界の果ての焚火』を、5日間に渡ってお送りします。


今夜はその第1夜。



大学在学中に、デビュー作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』で、第14回小説現代長編新人賞を受賞し、注目を集める鯨井あめ。


今週は、そんな鯨井が描く、南米アルゼンチン最南端の町、ウシュアイアを舞台にした物語。


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小型旅客機が、ブエノスアイレスを発った。


窓の外を覗けば、眼下に広がる朝方のビル群が、眩しい。


背もたれに体を沈め、私は目を閉じた。


これから向かうウシュアイアの街並みと、その背後にそびえ立つ山々を、瞼の裏に描こうとした。


しかし、思い浮かんだのは黒い海面と夜空、浜辺の焚火、ブランケットを肩にかけた老婆だった。


ポン、と聞き慣れた音に目を開けると、シートベルトのサインが消灯したところだった。


機内の空気が、どことなく和らぐ。


数日前に、出張でブエノスアイレスを訪れた私だったが、先方の都合で商談が延びたため、予定外の休暇が出来た。


しかも、2日間も。


そこで思い立ったのが、ウシュアイアへの弾丸日帰り旅行だった。


ウシュアイアは、南アメリカの最南端。


いや、世界の最南端に位置する都市だ。


[ウシュアイア]


別名、世界の果て。


あるいは、南極に一番近い町。


訪れるのは、25年ぶりになる。


小さな窓の外には、快晴が広がっている。


南半球の12月は、夏だ。


あの時も、12月の夏だった。


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25年前、大学院卒業間近だった私は、就職活動にくたびれていた。


一向に決まらない内定は、不安と焦燥を募らせた。


冗談半分で期待していた、ノストラダムスの大予言が外れたところで、なんだかなぁ、とやる気が低迷した。


それでも必死に学問に励みながら、夏が暮れた頃、父が心臓の病で急死した。


52歳だった。


怒鳴り声の大きい、頑固な亭主関白で、私とは折り合いが悪く、会話もろくすっぽしてこなかった。


下手すれば、斜め向かいの家より、距離のある親子だったので、父の死による衝撃はさほどだった。


それでも、息子である以上は葬式だ何だと走り回り、気付けば冬を迎えていた。


結局、内定は取れずじまい。


このままでは、フリーター一直線だ。


12月頭、電話をかけてきた母は、帰省しなくていいと言った。


一人で、過ごしたいようだった。


しかし、毎年実家で年を越していただけに、一人暮らしの狭いアパートで、一体何をすればいいのやら。


放り出された私は、そうだ、いっその事、どこか遠い場所に行ってやろうと思った。


うんと遠い場所。


例えば、地球の裏側とか。


世界の果て、とか。


そうして12月末、アルバイトで貯めた金をはたいて、ウシュアイアを訪れた。


知らない言語の飛び交う町と、初めて味わう料理、顔つきの異なる人々、度重なるトラブル。


刺激的だった。


なるほど、自分探しの旅というのも、悪くないと思った。


そのうち、西暦が大きく変わる瞬間を、突拍子もない所で迎えたい、と思った。


賑わう街中ではなく、どこかひっそりとした一人きりの場所で、パタゴニアらしい景色の中で、年越しを迎えたいと。


もちろん、就活のネタになるのでは、という不純な動機もあった。


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