JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。
今週は、作家・鯨井あめ書き下ろしの物語『世界の果ての焚火』を、5日間に渡ってお送りします。
今夜はその第1夜。
大学在学中に、デビュー作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』で、第14回小説現代長編新人賞を受賞し、注目を集める鯨井あめ。
今週は、そんな鯨井が描く、南米アルゼンチン最南端の町、ウシュアイアを舞台にした物語。
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小型旅客機が、ブエノスアイレスを発った。
窓の外を覗けば、眼下に広がる朝方のビル群が、眩しい。
背もたれに体を沈め、私は目を閉じた。
これから向かうウシュアイアの街並みと、その背後にそびえ立つ山々を、瞼の裏に描こうとした。
しかし、思い浮かんだのは黒い海面と夜空、浜辺の焚火、ブランケットを肩にかけた老婆だった。
ポン、と聞き慣れた音に目を開けると、シートベルトのサインが消灯したところだった。
機内の空気が、どことなく和らぐ。
数日前に、出張でブエノスアイレスを訪れた私だったが、先方の都合で商談が延びたため、予定外の休暇が出来た。
しかも、2日間も。
そこで思い立ったのが、ウシュアイアへの弾丸日帰り旅行だった。
ウシュアイアは、南アメリカの最南端。
いや、世界の最南端に位置する都市だ。
[ウシュアイア]
別名、世界の果て。
あるいは、南極に一番近い町。
訪れるのは、25年ぶりになる。
小さな窓の外には、快晴が広がっている。
南半球の12月は、夏だ。
あの時も、12月の夏だった。
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25年前、大学院卒業間近だった私は、就職活動にくたびれていた。
一向に決まらない内定は、不安と焦燥を募らせた。
冗談半分で期待していた、ノストラダムスの大予言が外れたところで、なんだかなぁ、とやる気が低迷した。
それでも必死に学問に励みながら、夏が暮れた頃、父が心臓の病で急死した。
52歳だった。
怒鳴り声の大きい、頑固な亭主関白で、私とは折り合いが悪く、会話もろくすっぽしてこなかった。
下手すれば、斜め向かいの家より、距離のある親子だったので、父の死による衝撃はさほどだった。
それでも、息子である以上は葬式だ何だと走り回り、気付けば冬を迎えていた。
結局、内定は取れずじまい。
このままでは、フリーター一直線だ。
12月頭、電話をかけてきた母は、帰省しなくていいと言った。
一人で、過ごしたいようだった。
しかし、毎年実家で年を越していただけに、一人暮らしの狭いアパートで、一体何をすればいいのやら。
放り出された私は、そうだ、いっその事、どこか遠い場所に行ってやろうと思った。
うんと遠い場所。
例えば、地球の裏側とか。
世界の果て、とか。
そうして12月末、アルバイトで貯めた金をはたいて、ウシュアイアを訪れた。
知らない言語の飛び交う町と、初めて味わう料理、顔つきの異なる人々、度重なるトラブル。
刺激的だった。
なるほど、自分探しの旅というのも、悪くないと思った。
そのうち、西暦が大きく変わる瞬間を、突拍子もない所で迎えたい、と思った。
賑わう街中ではなく、どこかひっそりとした一人きりの場所で、パタゴニアらしい景色の中で、年越しを迎えたいと。
もちろん、就活のネタになるのでは、という不純な動機もあった。
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