『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、女優、中谷美紀のエッセイ『オーストリア滞在記』を、一部編集してお送りしています。
今夜は、その第2夜。
「5月1日 人生初のロックダウン」後半。
オーストリア・ザルツブルクの山荘で暮らす中谷と、ドイツ人の夫ティル。
二人は、自分たちらしい庭について、構想を練っている。
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オーストリアに来た最初の年には、まだ客人気分で、庭に自らの好みを反映する気にはなれなかったし、そもそも日本の山野草や苔庭が好きだったため、西洋の庭をどうしたら良いのかも分からなかった。
夫と私で意見が一致しているのは、自動芝刈り機で定期的に3センチに刈り揃えられた芝生や、映画『シザーハンズ』のトピアリーのように、人工的に刈り込まれた針葉樹、チューリップやパンジー、バラのアーチなど、ガーデニングのお手本のような庭は、好みではない事だった。
この数年間で少しずつ、ヨーロッパの庭巡りをしてみたり、今まで見てきた庭の記憶を辿ると、パリのアンドレ・シトロエン公園や、ケ・ブランリー美術館の庭を手掛けた、ジル・クレマン。
北海道の十勝千年の森を手掛けた、ダン・ピアソン。
そして、ニューヨークのハイラインの植栽や、イギリスのハウザー&ワースサマーセットの庭を手掛けた、ピエト・オウドルフが、私たちの琴線に触れる、繊細で自然の営みに配慮した、メドウ・ガーデンを提唱していた。
ジル・クレマンとピエト・オウドルフの庭は、既にいくつか訪れ、彩り豊かな花の季節だけでなく、秋風にそよぐグラス類が美しく、冬枯れの姿さえも、芸術的に美しく見えるよう計算し尽くされ、それでいて、自然のなせる技によって変化する事も受け入れる、懐の深い庭造りに感激した。
残念ながら、十勝の森はまだ訪れる事が叶わずのままだけれど、いつか訪れてみたいと思っている。
[十勝千年の森]
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ウィーンフィルのホルン奏者、セバスチャン・マイヤー氏は、オーケストラの中でも屈指の植物フリークで、世界中の植物の種子を集めては、自ら所有する原野に植え付け、今やジャングルと化したその場所を愛でているという。
宿根草の専門店やザルツブルクのマイヤーという、園芸専門店を紹介してくれたのも、彼だった。
既に、庭の一部では2年ほど前から、ススキやパンパスグラスを植えてみたり、裏山のシダを少々頂いてきて移植したり、セバスチャンおすすめの店で買った、宿根草セットを植え込んだりしている。
この土壌との相性や湿度の具合、耐寒性の実験をしていた。
オーケストラでは、プレイヤーとしての仕事に加えて、ツアーマネージャーとしての仕事や、毎年シェーンブルン宮殿の庭で開催され、およそ13万人が訪れる、サマーナイトコンサートのプロジェクトマネージャーとしての役割も担い、常に無駄無く効率よく仕事をこなす、ドイツ人気質な夫と、面倒な仕事を後回しにしがちな怠惰な私とでは、庭仕事に対する姿勢も異なり、さらにはそれぞれが独自の美意識を持っているため、しばしば言い争いにもなるのだけれど、この数年間で感覚的に学んだ庭のあり方を基に、ガーデンデザイナーの真似事を私が、庭師の真似事を夫が担当し、二人の素人が必死で一大プロジェクトを進行中なのだった。
その一方で、コロナ禍の影響により、ドイツ語のオンラインクラスも受講している。
本日は洋服について、さらには交通標識についての描写を、復習した。
ティータイムには、蕎麦粉とパフキヌア、麻の実、ひまわりの種を混ぜた、チョコチップクッキーを。
今日は、結構美味しく焼けたと思う。
【画像出典】